物故先駆者列伝について〜今、なぜ物故者か〜
人文研監事 森田 左京
quinta-feira, 17 de janeiro de 2008

 いまから12年まえ、1996年の初めに、「ポ和辞典データベース」を作ろうという提言を、亡くなった中隅哲郎、リオ在住の山下晃明両氏と私の3名で、パウリスタ新聞に発表した。趣旨に賛同してくれた田中光義編集顧問(元編集長)が、1ページ全面の貴重な紙面を確保してくれたものである。

 結論からいうと、この提案はいささか時期尚早であったかも知れない。構想については、今でも諦めてはいないが、パソコンも今のように普及しておらず、その能力も頼りないものだった。提言を発表したとき、賛意を示してくれた人々もいたが、実行にまで至らず、何人かは既に故人となっている。

 ポ和辞典の話をしていると、当然ながら大武和三郎さんのことが話題に上がった。ある日、中隅さんからファックスが送られてきたが、それが物故者列伝に掲載されている、大武和三郎さんの略伝だった。1956年に移住した私だが、物故者列伝の存在はまったく知らなかった。

 物故者列伝を入手したいと思って、方々に問い合わせたものの、はっきりしたことは分らず、最後に人文研(サンパウロ人文科学研究所)を訪ねたとき、事務の江沢さんが「ああ、ありますよ。売る本もあります」と言って、棚から埃だらけの本を10冊ほど取り出してくれた。早速数冊を買い求めた。

 大武和三郎さんのことを調べるうちに、長男の信一さん(故人)をインターネットで探したら、同氏が東京大学工学部機械工学科、昭和16年の卒業であることが分った。まことに偶然だが、私の12年先輩だった。これからご遺族の住所がわかり、人文研の脇坂勝則顧問が出状し、大武さんの孫の和夫さんとの連絡がとれるようになった。脇坂さんは訪日の折り、和夫さんと直接コンタクトされた。

 明治22年、当時17歳の大武和三郎さんが横浜で乗艦し、ブラジルにやって来たのだが、この船がブラジル海軍の巡洋艦「アルミランテ・バローゾ」で、その艦長がクストディオ・デ・メーロ提督だった。大武さんはこの提督の紹介でブラジルの海軍関係の学校に入校することとなった。ポルトガルの航海者協会のホーム・ページで、同提督の「21ヶ月世界周航記」という著書が、1896年リオで出版されたことを知り、方々探した結果、サンパウロの市立図書館でボロボロになった本を見付け、許可を得てマイクロフィルムで撮影、復刻した。この本のお蔭で、大武さんが約1年を過ごした、「アルミランテ・バローゾ」の寄港地と入・出港日が明らかになった。

 士官以上の乗組員名簿も掲載されており、今後の調査にも役立つことと思う。

 物故者列伝を読んでいるうちに、この本はもっと多くの人びとに読まれて然るべきだと思うようになった。本にして出版するつもりはなかったし、何処かのホームページに載せておけば、インターネットを経て一般の人びとに読めるようになるだろう。それには先ずデジタルで入力しておこうということで、2005年の暮れから、一人でボツボツ入力を始めた。

 幸いなことに、当時ブラジル滞在中の「ブラジルを知る会」の会員、福間今日子さんの協力を得て、大幅に入力速度が上がり、2006年1月末には、列伝に登場する64人の方々の入力はすべて終了した。校正も田中(光義)さんを煩わして、少しずつ進んでいた。

 物故者列伝は、旧漢字を使い、文章も漢文調の文語文もあり、私にはかえって読みやすいところもあるが、現在の若い人にはとっつき難いとも思われ、原文通り入力したあとで、多少現代風に手直しした方がいいのではないかと考え始めた。

 残念なことに、その年の3月から、私は体調をくずし二度の入院も重なって、折角入力・校正したものが、パソコンの中にお蔵入りしたままになっていた。

 今年になって、人文研もホームページを開設し、今後はブラジルだけでなく日本やアメリカからアクセスする人も増えてくることと思われる。50年まえに出版された移民50年祭を記念しての物故者列伝であるが、内容は決して古臭いものではなく、ブラジルに興味を持つ人々の好奇心を満足させ、私が大武和三郎さんに関心をもって調べ始めたように、列伝にあらわれた人物や事件をさらに深く調査・研究しようとする方が出てくれば、望外の喜びである。

 この列伝をホームページに掲載することについて、人文研には快く同意していただいた。

 また、有難いことに、現代語訳(少し大げさだが)については、人文研・研究生の古杉征己さんが引き受けてくれることになった。今まで入力・校正した分は、CDに入れて古杉さんに手渡したので、これからは、私が読者になって、毎月何本か掲載される列伝を楽しみに待つことになる。

                                     (2007年5月)


サンパウロ人文科学研究所 Centro de Estudos Nipo-Brasileiros