移動の時代における善き生き方
佐々木剛二
terça-feira, 15 de janeiro de 2008

「人類は地上に出現した直後から「移動」と「定住」をくり返つつ、現在までに至ってきているーー。」

 これは、文協ビル三階、サンパウロ人文研の薄暗い書庫で初めて手にした『ブラジル日本移民八十年史』の最初の一行である。 世界最大の日系社会が人類史の巨大な流れの中に自らを位置づけて、今や100年に至らんとする自身の歴史を語っていることに、大きな感銘を覚えた。

 同時に、国境を越える「移動」が、ますます人間の生き方を規定している現代に思いをはせずにはいられない。今、私たち人類は、どれだけ、この移動と定住を繰り返す民としての自己を、肯定的に語ることができるだろうか。

 輸送通信技術の発達と共に、人間の 「移動」の速度と範囲が拡大し、現代は、ますます「移動の時代」としての性格を強めようとしている。ブラジルや日本だけでなく、世界のあらゆる地域間で、人々の流れは増大の一途をたどっており、「外国人」、「異邦人」、「外人」(ジュリア・クリステヴァ)と呼ばれる人々が都市に溢れている。多くの地域で、国境を越える人々の動きを受け止め、文化的多様性の共存を目指そうとする試みが行われてきた。

より懐の深い文化の創造のために:倫理的な出会いとしての移民
 しかし、現在、この偉大な実験は、保守的な段階にさしかかっている。「多文化主義」の限界が指摘され、各国政府はますます他国からの移住者を制限する政策に乗り出しているからである。多くの地域で、「外人」への排他性への傾きが見られ、文化的背景の異なる者同士の心の溝は深まっている。

 さらに、一方で、現代的な移動や通信技術が作り出す極度に個人化されたライフスタイルは、生身の人々を特定の土地から「根こそぎ」、共同体の中にいながらにして共同体に属さないような「浮遊的」生き方に、人々を追いやりつつある。現代の産業のあり方と合致した自由で流動的な生活が、信頼や参加といった共同体の人間的側面をくり抜いてしまいつつある。国境の内にも外にも、不信感と心の分断が広がっている。

 「移動」と「定住」を繰り返す故の苦しみを、ますます多くの人々が自分のものとして引き受けつつあり、ますます多くの社会が、「移動」と「定住」のバランスの変化の前に、翻弄されつつある。

 異なる背景をもつ人々が、互いへの無知や偏見を乗り越えて、新たな文化を創造していくことはできないだろうか。移住をやっかいな災いと見るのではなく、これまで遠く離れていた人たちが旅を通じて、出会うという、新しい、より懐の大きい、高度な文化の創造のための大きなチャンスと捉えることはできないだろうか。こうした発想を洗練させていくことは、単にそれを凡庸と言って投げ出すことよりも大きな価値があるだろう。

 私は、地球の様々な場所の間を人間が移動することによって生じる多様な問題群が、人類がより高い段階に至るための文明史的な「挑戦」(アーノルド・トインビー)をなしているように思えてならない。そして、この挑戦に適切に「応戦」するためには、移動する人々、それを呼び入れる人々、受け入れる人々、送り出す人々が、移民や移住を伝統的な世界観や倫理的なシステムの外側にあるものとする見方を乗り越え、それぞれの立場で「善き生き方」(キケロ)を探求し、実践する以外にないと考えている。

複雑な歴史を経験した移民社会から見えてくるもの
 演歌や太鼓の音が響くリベルダージの街角で、お一人おひとり、様々な日系移民の方のお話を伺ううちに、私は、ブラジルの地で想像を絶する試練を乗り越えられ、今や国民的な信頼を勝ち取られた日系移民の方々からこそ、「移動の時代」における「善き生き方」を考える上での何らかのヒントを得られるのではないかと感じるようになった。

 奴隷制の風習や東洋人に対する差別が残る時代に始まって、最も過酷な農業分野においてブラジル社会への貢献をなされたこと、そして現代においては、日本とブラジルの間で多くの方々が、良き市民たらんことを誇りにされ、また両国の親善に大きな関心を持ち、尽力をなされていること。 離れているが故に深まる日本への格別な思い、あるいは独特の距離感が生み出す特別のまなざしがあること。これは、ブラジルでのフィールドワークで初めて実感をもって理解したことである。

 さらに、1980 年代から始まったブラジルから日本への移住の大きな波によって、日本各地に日系移民の子孫達のコミュニティが作られた。「ディアスポラのディアスポラ」とも言える、国際的にもまれな例が生じている。そして、今や、この中からさらにブラジルへと帰国する人々の福祉もまたブラジル日系社会の重要な課題となっている。このような複雑な経験を孕んだ移民社会からこそ、見えてくるものがあるように思われる。

単なる「調査」を越えて
 たしかに、私は、社会科学的伝統に則って、人間社会を理解するための技能と見識を体得するべき見習いの立場にいる。しかし、科学的であろうとする努力のあまり、社会に生きる人々の生き方から真に読み取られるべき意味を見逃す研究者であってもならないと思っている。

 そのために、自分はまず街の人々と心を合わせていくところから始めたい。直接の研究データにはならないことも伺うし、ブラジル日系社会にお役に立てることならと、お掃除などをお手伝いさせていただくこともある。そして、皆さんとの人間対人間の対話を通じながら、多様な声に耳を傾け、正しい情報、より適切な視角を求めていきたいと考えている。

 現在は、1980 年代後半以降を主な焦点として、「徳義(virtude)」、「遠隔地における愛国心」、「日常的実践」という概念を軸に、サンパウロ日系社会の経験を理解しようとしている。自分は研究者としてはまだ全く力の無い一人の若者だが、自身のブラジル滞在中の研究・人格両面での成長のみが、意義ある研究につながると信じて、一層真剣な努力を行っていくつもりである。

写真:リベルダーデ広場で 70年前の出会いを思い出しながら


サンパウロ人文科学研究所 Centro de Estudos Nipo-Brasileiros