当研究所の沿革は、その起源を戦後まもない1946年6月、当時の日系社会の知識層を中心に発足した
「土曜会」にさかのぼります。「土曜会」の設立は、日本人の移住先国であるブラジルの社会と文化を把握し、そのなかにおける日系社会の位置を確認し、そこから新しい生活と行動の理念を築き上げようという趣旨によるものでした。会の機関誌『時代(ÉRA)』はその啓蒙的な役割を果たし、1953年3月刊行の第16号まで続きました。
その後「土曜会」の有志によって設立されたのが、当研究所の前身
「サンパウロ人文科学研究会」です。この研究グループは、主にブラジル社会・歴史、および日系社会の理解を目指し、定期的に集会をもち、研究テーマについて談論して、共同研究によるその成果は、
ブラジル研究叢書(全四集)として結実しました。
発足時から15年あまり、この活動は休みなく持続されてまいりましたが、この会を発展的に解消して、1965年3月に法人として創立されたのが、今日の
「サンパウロ人文科学研究所」です。ちなみに、当研究所グループからは、
斉藤広志(元サンパウロ大学教授 社会学)、
鈴木悌一(元サンパウロ大学教授、日本文化研究所初代所長)、
前山隆(元静岡大学教授 人類学)、三田千代子(前上智大学教授 社会人類学)、
森幸一(元サンパウロ大学教授 人類学)などの優れた研究者を輩出いたしています。研究所の目的は、“研究会”から、“研究所”に脱皮するのを機会に、これまでの“ブラジル研究”から、ともすれば等閑視されがちであった“日系社会研究”にスタンスを移しました。