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ブラジルに於ける日系人口調査報告書
-1987・1988-

サイト上の公開にあたり

1987年と1988年の間に実施されました当調査は、ブラジルに在住する日本人およびその子孫たちを統計学的手法に則って行われた唯一のものです。当初、この調査の後、二年ごとに追跡調査を行うための準備もなされていましたが、主に経済的な理由にて実施に至りませんでした。

今回、この調査報告書をサイト上にて公開するに当たり、収録されている各表中に誤り(タイプミス?)と思われる箇所が多々見出されました。しかし、現在これを検証するに足るだけの知識や技術を持つ者が当研究所になく、原文をそのまま公開することにいたしました。皆様のご理解いただきたく思います。

最後に、IBGE(Instituto Brasileiro de Geografia e Estatística-ブラジル地理統計院)の発表する人口増加率の指標に基づき、2010年におけるブラジルの日系人口は160万人を超えたものと推計されることを付記いたします。

2012年12月 (6月:ポルトガル語)
サンパウロ人文科学研究所

はじめに

 本報告は「ブラジル日本移民80年記念事業」の一環として、1987、1988年の2年間に亙って実施された「ブラジル日系人口実態調査」の集計結果の一部である。1987年度にはサンプル確定とそれの基本的調査がおこなわれ、1988年7月には、社会経済的基本調査が実施された。また、この二度の基本調査の間には数度の補充調査が行われた。

1987年6月の「移民の日」には、第一次基本調査の中間報告が行われ、ブラジル在住日系人口は1.168.000人(±22.000人)と発表された。しかし、その後、数度に亙って試みられた補充調査の結果、1987年7月現在の、ブラジル在住日系人口数は1.228.000人(±3.000)と是正されるに至った。従って、本報告書では1987年の人口に関する数値はこの数を基礎としたい。また、1988年7月現在の日系人口は自然増加の結果、1.250.000人に増加したが、本報告書ではこれにサンプル世帯への転入日系人30.000人を加えた1.280.000人という数値を基礎に統計が作製されている。

この報告書で呈示される結果表は基本的なものである。調査結果はコンピュータテープに全てインプットされているが、その全てが集計されたわけではなく、その中の基本的な項目に関してのみ、集計作業が行われた。この意味に於いて、本報告書は中間報告書という位置づけを持つ。本報告は調査の概要、人口、経済的側面、社会的側面、1年間の動きという項目から構成されている。本報告書には80葉程度の結果表が収められているが、これらはすべて男女別か都市・農村別か年齢別という指標から目次に示されたような項目が集計されたものであり、例えば職業別×経済階層別、職業別×学歴といったクロス集計は全く行われていない。この意味に於いても、本報告書は中間報告書的性格を有しているといえる。様々な角度、側面からの多角的説明は近い将来に刊行予定である最終報告書の中で行われることとなろう。しかし、本報告書に於いてもブラジル全体や1958年に実施された日系人口調査の調査結果との比較が可能な項目に関してはこうした作業を可能な限り行っており、ブラジル全体との比較や30年間の変化をみることもある程度は可能である。

尚、本報告の記述はそれぞれの項目の冒頭で全般的な解説がなされ、必要あるいは重要と思われる結果表に関してはそれぞれの表の下部で個別的な説明を行うというかたちで統一されている。

調査の概要

調査目的

本調査はブラジルに於ける日系人口数及び日系人の現状を把握するための情報を得ることを目的としている。

調査対象

本調査の対象はフェルナンド・デ・ノローニャ島(IBGE:1980年センサス人口、1.342人)に居住する者を除いた、ブラジルに居住する全日系人である。ここで日系人概念に言及すれば、ここでいう日系人とは日本人移民及び日本人のブラジル長期滞在者(旅行目的ではなくブラジルに3か月以上居住するかその予定である)とその子孫をさし、こうした日本人を祖先の一人として持っているブラジル在住の者を全て含んでいる。従って、この中には混血度のいかんを問わず、混血日系人や日本企業の長期駐在者及びその家族員等も含まれることになる。

調査システム

本調査は系次的に行われるように計画されている。最初の調査で主として、以降に実施される調査のために基本的項目に関する情報を収集して、対象たるべき単位を確定する。以降の調査に於いては、既に日系と確認された単位を対象に日系人の持つ属性に関する詳細な情報を収集する。このような調査システムは、調査結果の質を確保するために、調査者と回答者の双方の負担を妥当な程度としながら、調査費用を節約するという見地から採用された。

サンプリングの仕組み

本調査を実施するに際し、調査単位の枠が存在しないために、地域的サンプリングに基づいてフィールドで新たに単位のリスト・アップをすることが必要であった。地域的サンプリングを行う上で、唯一の可能性はその規模は大きかったが、人口センサス用に設定された調査区(SETOR)の利用であった。調査期間や調査員数、調査費等を考慮し、短期間のうちにその地域内の調査が可能となるよう、SETORの地図上で地理的にいくつかの地域に区分し、それをSUB-SETORとした。単位の抽出は第1次抽出単位をSETOR、第2次抽出単位をSUB-SETORとする2段階で行われた。こうして抽出されたSUB-SETORにある全世帯が調査され、調査の対象たるべき日系人がフィールドワークを通じて確定された。

SETORは地域、都市・農村の区分、地域内での日系団体・地域日本人会の存否*そしてセンサスからの結果-日本生れの日本人の居住及び黄色人口の割合-に基づき、層化された。センサスから得られる他の結果-東洋系宗教への帰属-は層化目的には適切ではなかった。全体で14万のSETORがIBGEのコンピュータにより103の層に層別され、約1.500 SETORが指定された割当て数に基づき、等確率選択で標本抽出された。この配分は等配分の場合よりも多数の日系人が含まれるよう適切なデータを用いて決定された。SETORのサンプルは以降の調査でサンプル数を変更することが可能であり、そしてサンプリング誤差の算定が容易となるよう、独立した3つのサブ・サンプル(A,B,C)から構成されている。

SETORの標本抽出の基本となった総人口に占める地域人口の比率、黄色総人口に占める地域黄色人口の比率、日本生れの日本人総人口に占める地域日本生れ人口の比率は表1-1に示されたとおりである。しかもこれらのデータにもとづくとともに、さらに都市・農村の区分、地域日系団体の存否を加えて層化されたが、その各層と層別の割当て数は表1-2に示されたとおりである。アマゾナス州という地域を例に各層を説明しよう。まず、アマゾナス州に属する全ムニシピオ(郡)がそのムニシピオ内に日系団体・日本人会の存否を基準に2つの範疇に区分された。次にこの区分と交差する訳だが、この2つの範疇がさらに都市と農村の区分で2つの範疇に分けられた。さらに地域日系団体を持たないムニシピオの集合は黄色人口、日本生れの日本人人口との組合わせから、次の6つの範疇に区分された。即ち、
  1. UJ - 都市部で日本生れの日本人が存在するSETORの集合
  2. UA(Aに上線) - 都市部で黄色人口が存在しないSETORの集合
  3. UA’ - 都市部で黄色人口は存在するが日本生れの日本人は存在しないSETORの集合
  4. RJ - 農村部で日本生れの日本人が存在するSETORの集合
  5. RA(Aに上線) - 農村部で黄色人口が存在しないSETORの集合
  6. RA’ - 農村部で黄色人口は存在するが日本生れの日本人は存在しないSETORの集合
である。このような層を設定することで、日系団体が存在しないムニシピオの全SETORはこの範疇のいずれかに属することになる。

ところで、ロンドニア・アクレ州及びロライマ・アマパ州から構成される地域的層ではサンパウロ日本文化協会所有の地域日本人会リストによれば、他の東北部諸州(ペルナンブーコ、バイアを除く)と同様に日本人会がないと判断し、これらの州では全ムニシピオを4つの範疇に区分した。即ち、
  1. UJ - 都市部で日本生れの日本人が存在するSETORの集合
  2. UJ(Jに上線) - 都市部で日本生れの日本人が存在しないSETORの集合
  3. RJ - 農村部で日本生れの日本人が存在するSETORの集合
  4. RJ(Jに上線) - 農村部で日本生れの日本人が存在しないSETORの集合
である。さらにサンパウロ市では都市・農村の区別はあまり意味を持たないので、全てのSETORから等確率でSETORが抽出されている。このような層から抽出されたSETORの数は上述のように表1-2に示されている。

上述のような過程で第1次抽出単位からの等確率抽出が完了された。続いて行われたのは第2次抽出単位からの等確率抽出であった。すでに、前述したように抽出されたSETORはただちにSETOR地図上で地理的特徴等から複数のSUB-SETORに再区分された。そして、その再区分されたSUB-SETORから等確率抽出法で1つのSUB-SETORが選ばれ、それが本調査の調査地域-単位とされたのである。

*1987年当時に、サンパウロ日本文化協会に保管されていた地域日本人会のリストを利用した。但し、必ずしも全ての日本人会が網羅されているかどうかは明確ではないが、日本人会の存否は日系人口の集中度を示す目安として、取上げられたものに過ぎないのであり、当調査の統計学的厳格性とは直接的関連性はない。
表 1 – 1
表 1 – 2

調査員及び調査票

1987年の第1次基本調査は応募した約700名の大学生の中から、面接で約110名の調査員が選任された。調査員は8日間、調査の方法、手段、要項、調査票その他の調査書類に基づいて、その業務につき研修を受けた。一部遠隔地にはIBGEの調査員が本調査の調査員として参加した。

この第1次基本調査のための調査票は4種類(その他に補助調査票が1種類用意された。即ち、A.調査地域の世帯配置図、B.調査対象地域に居住する世帯リスト(全世帯調査票)、C.日系世帯調査票、D.系譜調査票(日系人確定のための調査票)である。これらの調査票の形式ないし調査項目に関しては6.調査票及び関連書類の項を参照のこと。

1988年の第2次社会・経済的基本調査は前年度の調査員の中から、調査の能力及び日系人であることを考慮して、25名程度の調査員を選任した。というのは、第1次調査時に調査員が非日系人であることで調査に協力してもらえなかったケースが多く、みられたからである。調査員は既に、この調査の目的等に関しては良く理解し、しかも多くの場合には前年度の調査地域を再び担当するという原則で調査地域の割当てを行ったことで調査地域への接近という点では困難はあまりなかった。調査員は前年度と同様、調査方法、手段、担当地域、調査票等に関する講習を数日間に亙って受けたのち、調査に出掛けた。

1988年度に使用された調査票はA.世帯員の動きに関する調査票、B.日系世帯調査票、C.個人調査票(1)(2)の3種類であるが、前年度調査不能世帯に関しては、前年度の調査票も併せて持参させ、補充調査も兼ねた調査を実施した。調査票に関しては、6.調査票及び関連書類の項を参照されたい。この両年度とも、調査での基本的使用言語はポルトガル語であったが、一部の日系人にはポルトガル語が不得手な被調査者がおり、こうした人達のために、日本版の調査票も準備した。

フィールドワーク

1987年度においては、調査員には、調査票類と1980年センサス用に作成されたSETOR地図上に画定されたSUB-SETORが示された地図が配布されて、本部から派遣された。調査員には一般に距離と旅程の容易度を考慮して約7SUB-SETORのグループを調査担当地域として割当てた。約10名の調査員ごとに1名の指導員が調査員の業務の指導援助、コントロールの為、主として本部スタッフから選任された。500余りの調査地区を有するサンパウロ州ではフィールド・ワークは本部からの直接指導で実施された。フィールド・ワークは1987年7月16-31日の期間実施された。雨期のために到達が不可能であった1setorを除き、すべてのsetorからデータが収集された。

フィールド・ワークの事後調査の為、当初の全調査地域から部分標本が抽出された。同時にサンパウロ市、リオデジャネイロ市における大規模なアパルタメントへの接近が不可能という理由で多数の非回答ケースが出現した既調査地域と、フィールド・ワークの割当て後に当初の標本地域が算定されたよりも少なかったことが判明した地域の追加標本のこれに加えて、結果の向上のため補足調査が実施された。こうした第2次フィールド・ワークは9月4-12日の期間に同一の調査時指定を以って実施された。

1988年度調査では前年の確定された日系サンプルのみを調査対象として、1988年8月にフィールド・ワークが実施された。調査員は前年度と同様に、1980年センサス用に作成されたsetor地図上に画定された調査地域の示された地図および調査票類を持って、本部より派遣された。調査員には調査地域への到達の容易度を考慮して、20-40サンプルを一人の調査担当地域として割当てた。前年度のように、調査指導員のシステムは取らず、すべての調査は本部からの直接指導で実施された。1988年度の調査までに1年間の時間が経過しており、サンプルの移動のケースが多く出現した。調査員は基本的に移動したり、転出したりした個人サンプルを可能な限り追跡調査した。さらに、調査期間中にこうした追跡調査が不可能であったケースについては、その後、補充調査が行われ、結果の向上が目指された。

集計

2年間にわたるフィールド・ワークで収集並びに調整された全ての調査票は、本部スタッフにより点検され、コンピュータ処理のために適当にコード化された。調査票のオリジナル・データのインプットは協栄ファコンによって行われた。コードのはいった磁気テープと関連資料はコンピュータ処理の為、日本へ送られた。多くの協議検討の結果、確認された製表手続きに従って、実際のタビュレーション作業は日本統計協会で行われた。日本の総務庁統計センターでは、専門知識とソフト・ウエアを含む技術を提供された。

公式

Xは考察する変数の計を表す。その添字i,j,kはそれぞれ層、setor,sub-setorを示し、()のないものは母集団を、()付きはサンプルを示す。N及びnは、それぞれ母集団と標本における、添字によって示された次の段階の単位の数を表す。従って、Ni(j)はi番目の層の、j番目のサンプルsetorに含まれるsub-setorの数を示している。mは使用されるサブ・サンプルの組数を示し、hはh番目のサブ・サンプルの組を表す。^は対応する推定量を示す。
公式

協力機関

* ブラジル日本移民80周年祭々典委員会はこの調査をその記念事業の一つに含めることを決定し、様々な協力を行った。

* ブラジル地理統計院(IBGE)は特にサンプリングとフィールド・ワークの準備及び実施段階で専門技術的経験と資源を提供して協力した。

* 協栄ファコンはタビュレーションシステムの問題を考慮して、データ入力段階で協力した。

* 総務庁統計センターからはタビュレーション手続きの準備と確定の段階で協力を得た。

* 日本統計協会からはタビュレーションの実行段階で協力を得た。

* アルファインテルツーリズモからは特に結果集計のため、情報と資料の敏速なる伝達で協力を得た。

人口

人口の地域的分布

1987年7月調査時現在の、ブラジル在住日系人口は総数1.228.000(±3.000人)と推計された。ここでいう「日系人」とは日本人移民及び日本人長期滞在者とその子孫を指し、こうした日本人の一人を祖先に持つブラジル在住の者は全て含まれている。ブラジルへの日本人移住は1908年に開始され、本調査の時点に於いて、すでに79年が経過しているが、自己の祖先(ここでいう祖先とは直系の祖先である)に日本人がいたかどうかはまだ明確に認識されていると予想された。そこで本調査では、調査員に調査地域内全人口に、「祖先に日本人がいたか」、いたとすれば、誰が-ということは調査員が持参した系譜(6.調査票及び関連書類の章を参照のこと)のどの個人が-日本人だったかを質問させた。大多数の非調査対象者がこの質問に明確に回答しえた。こうした調査の結果、推定されたのが上記の推定値であり世代別人口等の推定値である。また、「日系人」の概念に関連して、「日系世帯」の考え方に触れれば、本調査では日系世帯を上記のような日系人を一人でも含む世帯と規定したこの規程ではどんなに世帯員数が多くとも一人でも日系人が同居していれば日系世帯とし我々のサンプルとして調査を実施した。従って、こうした日系世帯に含まれる全人口数は日系人口数を上回っている。1987年調査時に於いて、この人口数は1.479.000人を数え、日系世帯内には約251.000人の非日系人口が同居していることになる。しかし、本報告はあくまでも日系人口を対象として、現在に於ける日系人口の特質の一端に接近することを目指しており、必要のないかぎり、非日系人に関しては記述を行わない。

さて、IBGEのブラジル推定人口(população residente projetada)によれば、1987年度のブラジル総人口は141.452.187人である。従って、同年に於ける日系人口のブラジル総人口に占める割合は0.868%ということになる。この人口が現在ではブラジルのあらゆる地域に居住している。日系人口の地域的分布を示してみよう。表2-1,2-3,2-5は地域別日系人口の分布を示したものである。これらはいずれも5大地域を基礎にしているが、東南部(sudeste)地域には日系人口が集中的に居住しているので、表2-3,2-5ではさらに当該地域がサンパウロ市(MUNICÍPIO DE SÃO PAULO)、グランデ・サンパウロ(ここではサンパウロ市は除外される)、サンパウロ州(ここではサンパウロ市とグランデ・サンパウロは除外される)、及びサンパウロ州外の諸州-リオ・デ・ジャネイロ、エスピリト・サント、ミナス・ジェライス州-とに細分化されている。
表 2 – 1
表 2 – 2
備考:
Grande São Paulo [サンパウロ市を除く]
Estado de São Paulo [サンパウロ市と大サンパウロ圏を除く]
表 2 – 3
表 2 – 4
表2-5
これらの表から、日系人口の居住していない地域はなく、あらゆる地域に散在していることが了解される。しかしながら、その分布は決して一様ではない。日系人口の79.4%は東南部に集中する。しかもその大部分、日系人口の72.23%はサンパウロ州に居住している。さらにサンパウロ州のなかではサンパウロ市に総人口の26.55%が集中している。東南部地域以外では南部に人口の11.69%が居住している。この人口の大部分はパラナ州に集中している。また、日系人口の他地域での分布は中西部(CENTRO-OESTE)(3.98%)、北部(NORTE)(2.68%)、東北部(NORDESTE)(2.32%)となっている。最も日系人の分布が少ない東北部地域で、日系人口数は28.000人である。また、この人口分布を1958年当時(移民50年祭時『ブラジルの日系人調査』-これ以外に比較すべき、調査・統計資料はない。以下、1958年とはこの調査を指すものとする)と比較してみると(表2-7参照)、この30年間で人口数は約3倍となり、同様な地域的な変差を示しながらも、より広範な地域への広がりを看取することができよう。
表 2 – 6
表 2 – 7

都市・農村別日系人口の分布

ここでは都市・農村別に日系人口の分布をみることにしよう。その前に本報告書で採用する都市・農村の区分に関して触れておくことにしよう。我々の調査地域はIBGEが国勢調査などを実施する際に、各ムニシピオを地理的に約1.000人が含まれるような地域に便宜的に区分されたセトール(SETOR)を、さらに地理的にいくつかのスビ・セトール(sub-SETOR)に区分した、地域である。IBGEは各セトールが位置する地域を4つの範疇に分けている。即ち、VILA OU CIDADE, URBANA ISOLADA, AGLOMERADO RURAL, RURALである。そして前2者を都市部、後2者を農村部としている。従って、我々の調査地域も上記の4範疇のいずれかに分類され、しかも都市・農村部という範疇に区分することが可能である。即ち、我々の都市・農村の区分はIBGEの規定に基づいているわけである。

表2-8, 2-9はこの基準にそって日系人口の都市・農村別分布を示したものである。これによれば、日系人口の内、その89.98%に相当する1.104.000人が都市部居住者であり、一方農村部居住者人口は全体の10.11%、124.000人であった。1988年の調査時においても、都市・農村部居住の比率に大きな差異は存在していない。
表 2 – 8
表 2 – 9
また、日系人口の都市・農村部別分布状況をブラジル全体と比較したものが表2-10である。これによれば、1980年センサス時のブラジル全体の都市部居住人口の比率は67.59%であり、一方農村部は32.41%となっており、日系人口の都市居住ははるかにブラジル全体をうわまわっている。
表 2 – 10
さらに、この人口分布を1958年の調査結果と比較してみよう。但し、この比較にはある制限が伴う。即ち、1958年時点の都市・農村区分の基準が我々のものとは異なっているのである。1958年にとられた基準は「ムニシピオ当局によって街路に名称づけられている地域を市街地、しからざるところを農村」とするものである。こうした制限を認めた上で、この30年間に於ける日系人口の居住地の変化を追ってみよう。1958年の調査結果によれば、当時、市街地居住人口44.9%、農村居住人口55.1%であった。当時に於いては農村人口が都市部人口を上回っていたのである。しかし、この比率をブラジル全体と比較すると、この分布率は当時のブラジル全体の比率に相応している。従って、この30年間の日系人口の都市移動乃至都市化はブラジル全体スピードをはるかに上回る形で進行してきたと言えるであろう。表2-11はブラジル生れの日系人口をその出生地が都市部であったか、農村部であったかを15歳年齢層別に示したものである。これによれば、30-45歳の年齢層を境に都市部出生者の比率が農村部出生者を上回っていることが了解され、上述の傾向を裏付けている。

年齢別日系人口

1987年調査時に於いて、ブラジルの全日系人口の男女別構成をみると、男は625.000人、女は595.000人(性別不詳8.000)と推計され、その男女間の比率は50.88%:48.43%と若干ながら男の比率が女を上回っている。表2-12, 2-13, 2-14はそれぞれ30歳乃至15歳別男女別人口構成を示したものである。30歳別ではいずれの年齢階層においても男の人口が女の人口を上回っている。しかし15歳別をみると、15歳未満の年齢層で若干ながら女の比率が男を上回っているのが了解される。
表 2 – 12
表 2 – 13
表 2 – 14
表2-15はブラジル全体の男女別15歳年齢別人口構成比を示したものである。全体的にみると、1986年では男50.88%、女49.22%であって男の比率が女を上回り、日系人口の構成と同様の傾向を持つといえよう。また、1958年当時の傾向も男の比率が女を上回り、年齢層別にみてもおおきな差異は認められない。(表2-16)

また、15歳別人口構成をブラジル全体と日系で比較してみると、30歳までの幼・青年層ではブラジルの比率が日系を上回り、逆に30歳以上の壮・老年層では日系人口の比率がブラジル全体を上回っている。(表2-14, 2-15)。従って、人口ピラミッドを描けば、日系のほうがつりがね型に近い構成となっているといえよう。
表 2 – 15
表 2 – 16

個人日系度別人口

ここでは「個人日系度」という新しい考え方を使って日系人口構成をみてみよう。我々が使う「個人日系度」という概念は日本人を1、非日本人を0とし、父と母がもつ上位世代からの日系度の平均を個人の日系度としたものである。換言すれば、日系度1の日系人間の婚姻が継続する限り、その婚姻から誕生した子は常に1という日系度をもつわけである。従って、この日系度は混血の度合いの一面をとらえるための考え方である。

たとえば、日本人(乃至純日系人)の父(1)と非日本(系)人の母(0)から生れた子の日系度は(1+0)÷2=1/2となる。尚、この概念にはなんら文化的意味はふくまれない。表2-17は上記のような算定法で日系人口を区分し、それを男女別、都市・農村別に示したものである。
表 2 – 17
先ず、全体的傾向をみると、日系人口の71.58%は混血していない、即ち日系度1であり、一方何らかの程度で混血している日系人口は27.34%である。また、混血日系人についてみると、その殆どが日系度1/2以上のものである。1/2以下の混血日系人は4%以下である。

次に男女別にみると、男女はほぼ同様な傾向性をもつが、女子の方の混血の比率が男子を若干上回っていることがわかる。さらに都市・農村別にみてみると、農村部の混血の割合は都市部より10%程度低くなっている。

世代別人口

ここでは世代別に日系人口の構成をみることにしよう。まず、ここで使用される「世代」の数え方に関して述べよう。日本人移住者は1世であり、1世同士の夫婦から生れた日系人は2世、2世同士の夫婦から誕生した日系人は3世である。世代を異にした夫婦から誕生した日系人はより新しい世代+1をその個人の世代とする。例えば、1世と2世の夫婦から生れた子は3世である。また、混血日系人が多く存在しているという事実と関連した、5世を除く各世代では『純』と『混』というサブ・カテゴリーを設定した。例えば、1世と非日系人から生れた子は2世混となるし、2世純の日系人と非日系人から生れた子は3世混となる。この概念は自己をどのように認識しているかに係わるIDENTITYの範疇ではなく、あくまで系譜上の客観的事実からとらえられたものであり、文化的背景の共通性とは関連を有していない。

表2-18, 2-19, 2-21は日系人口の世代別構成を上述の基準からみたものである。これによれば調査時において、1世は日系総人口の12.51%を占めるに過ぎない。また2世は30.85%であり、3世が日系人口の中で最も多く41.33%を占めている。また5世も少ないながら存在する。世代別人口を男女別にみると、男女間では明確な差異は存在していない。また都市・農村別にみると、相対的に見て農村のほうが1世の比率が高い。また年齢層別にみると2世層はあらゆる年齢階層に分散しているが、3世では30歳未満の層-特に15歳未満の層に集中し、この傾向は4世では更に強まる。また5世では15歳未満の層にのみ出現する。
表 2 – 18
表 2 – 19
表 2 – 20
表 2 – 21
表2-20は世代別混血状況をみたものである。これによれば、世代が下がるに連れて混血日系人の割合が増加していく傾向が認められる。各世代に於ける混血状況を混血が世代人口に占める割合からとらえると、2世では6.03%であるものが、3世では42%へ、そして4世になると6割へと上昇する。こうした混血化を男女別にみると、女子の混血が若干男子を上回り、都市・農村別にみると、相対的に農村部の混血化の割合が低いといえよう。

配偶関係別人口

ここでは配偶関係という観点から、日系人口の構成をみることにしよう。我々が個人を配偶関係という観点から分類するためにもちいた範疇は既婚(CASADOS)、未婚(独身)(SOLTEIROS)、離・死別の3つである。前2者はIBGEがCENSO DEMOGRÁFICOで用いた規定をそのまま踏襲している。離・死別の範疇はIBGEがさらにSEPARADOS, DESQUITADOS, DIVORCIADOS, VIÚVOSと4範疇に細分しているものを1つの範疇に統合したものである。

さて、上記の範疇に日系人口を分類し、男女別、都市・農村別に示したものが表2-22である。これによれば日系人口では男女とも55%程度が未婚-独身であり、既婚の比率は男子で41%程度、女子で38%程度である。また、離・死別は全体で4.49%であるが、男女別にみると女子の比率が男子の3倍程度多くなっている。都市・農村別にみると配偶関係にはおおきな差異は存在していない。表2-23は日系人口の配偶関係別人口比をブラジル全体と比較したものである。これによれば、日系人口では未婚-独身の比率がブラジル全体よりも20%以上高く、逆に既婚は17%程度低くなっていることが了解される。こうした差異がどのような要因によるかは現在のところ不明である。
表 2 – 22
表 2 – 23

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