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中牧弘允(国立民族博物館 総合研究大学大学院教授) わたしはサロン風の語らいが好きだ。サロンにはくつろいだ雰囲気がもとめられる。そこでは甲論乙駁ではなく、談論風発がふさわしい。しかも品があって知的な…
古杉征己(サンパウロ人文科学研究所) 情けなくて、歯軋りする瞬間がある。日系コロニアに関する、外部からの問い合わせに対し、当研究所が満足に回答できないときだ。 殊に、現在の日系人口についてはお手上げ…

古杉征己(サンパウロ人文科学研究所) 南北アメリカを旅して歩いた、評論家大宅壮一(1900─1970)は帰国後、見聞を著書『世界の裏街道を行く』(1956年、文芸春秋)にまとめた。ブラジルに関する限…

水野昌之 弁護士野尻アントニオは本業の傍ら翻訳の仕事、主として日、伯語訳をやっていた。『ポルトガル語の語学力ではどんなブラジル人作家、文筆家にも引けを取らない自信がある』。事実、日本人、ブラジル人を…

鈴木正威(サンパウロ人文科学研究所) 帰らぬ人となる さて、最初の日伯新聞の記事に戻ろう。記事はさらに一年後の三三年年二月一六日のもので、ウルグアイよりサントスに着いて、レジストロで客死する岡田の…

鈴木正威(サンパウロ人文科学研究所) アルゼンチン ミシオネス州にて さて、話を岡田の大陸行脚に戻そう。岡田がひょっこりボルト・アレグレに姿を現わす一年前、一九三一年には隣国のアルゼンチン、ミシオネ…

鈴木正威(サンパウロ人文科学研究所) マテ茶をすする老いたる旅行家 世界徒歩旅行家—といわれても、いまではあまり聞きなれないことばだが、そのご当人がブラジルにも足を運んでいることを知ったのは、まったく…

中東靖恵(岡山大学大学院准教授) 「“む『ず』かしい”じゃなくて、“む『づ』かしい”でしょう?」 1998年8月、サンパウロ市の南西、サン・ミゲール・アルカンジョ市に住む高知県出身の山本万寿子さん(当時87…
古杉征己(サンパウロ人文科学研究所) 人文研は現在、男所帯。女性の出入りもあまりない。だから外見はあまり気にかけていない。むさくるしい空間だ。シロアリやシミに侵されてもおかしくない状態だった。 目に…
古杉征己(サンパウロ人文科学研究所) 人文研の奥にある書棚の扉を開けた直後、害虫駆除専門会社の社長、青木明善さん(74、2世)の表情が険しくなった。シロアリの被害が、確認されたからだ。「これはまずいで…

「人類は地上に出現した直後から「移動」と「定住」をくり返つつ、現在までに至ってきているーー。」 これは、文協ビル三階、サンパウロ人文研の薄暗い書庫で初めて手にした『ブラジル日本移民八十年史』の最初の…
エドワード・マック Edward Mack (ワシントン大学シアトル校アジア言語・文学学科教授) ブラジルにおける第二次世界大戦以前の日本語による出版物の市場を調査している。まだ研究の途上ではあるが、現在までに明…
熊谷広子(宮城高専助手) わが家は賃貸で築40年木造平屋の一軒家である。9畳のダイニングキッチンに6畳1部屋、4畳半2部屋にトイレとお風呂と2畳の玄関がついて、玄関の前には車2台分は駐車することのでき…
小笠原公衛(JICA シニアボランティア) 「戻らなかったら戻らなかったで、しょうないじゃないか」 河合さんのこの一言で、私の日本への帰国が決まった。 ことの背景はこうである。 1979年、人文研が研究…
山本裕美子(JICA 日系社会青年ボランティア) 暑くなると、アイスコーヒーが飲みたくなる。キンキンに冷えているコーヒーに氷が涼しげに入っているものが。 でも、サンパウロであのキンキンに冷えたアイスコーヒ…

田中慎二(サンパウロ人文科学研究所) 本書は当研究叢書はじめての書き下ろし作品である。 当研究所の鈴木正威理事が執筆、6年にわたって丹念に関係者から取材を重ね、資料を詳細に調査、ブラジル日本移民史上…
松本浩治(サンパウロ新聞記者) 常に写真とのコンタクトが サンパウロ人文科学研究所のホームページのトップ画面に自分の撮った写真を掲載してもらっていることに、はじめに感謝申し上げたい。 白黒写真の紙焼…

現在、ブラジル日本移民史料館では、小笠原公衛JICAシニアボランティアを中心とした特別企画展「“笠戸丸以前の渡伯者たち”-大武和三郎、藤崎商会、隈部三郎を中心として-」が開催されているが、当研究所で…

田中慎二 ブラジル日本移民史料館の第3代館長・尾関興之助(1912─1994)が、コロニア文学振興に果した功績は大きく、人文研との関わりも人文研の前身である土曜会時代からのメンバーで活発な文筆活動を行っている…