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独自の思想に基づいて形成されたことでよく知られるアリアンサの弓場農場。 その「ユバ・バレエ団」は、農場創始者弓場勇の、真の芸術は土から生れるという信仰に啓発されて創られたもので、奥地農村からのバレエ団…

7月10日、文協ビル1階小会議室にて講演「アルゼンチン一世の文学活動――増山朗の『グワラニーの森の物語』を中心に」(講師・細川周平氏)が行なわれました。 増山朗(ますやま・あきら)は1919年に北海道にて生まれ…

大久保純子(『ブラジル日和』主宰者) インターネット・ラジオを始めたきっかけは、2005年に櫻田博氏が「現在はインターネットで簡単にラジオができる」と言明し、彼自身が2008年の日本移民100周年の時にちょう…
アルゼンチンには20世紀初頭から日本移民が記録されています。国家間の事業として始まったのではないため、ブラジルの「笠戸丸」にあたる記念碑はありません。ですが、ブラジルからの再移住者を含む自由移民が主…
2014年度通常総会が3月27日、当研究所にて開催されました。なお、後述します所在地変更を含め定款の幾項目かを改正する必要があったため、臨時総会が最初に開かれました。その後通常総会の席上、2013年…

2月18日、文協ビル1階小会議室にて研究例会を開催いたしました。今回お話くださったのは、かつて当研究所の専任研究員でもあった前山隆氏(文化人類学者・元静岡大学教授)です。第二次世界大戦後、ブラジルの日本…
勝ち負け騒動以来60年以上が過ぎましたが、いまだに論議は盛んで、書物が数々出版されています。しかし、昭和新聞(社主川畑三郎)に発表された論説を読んで論評したものはまったく見られないと言われています。…
日本での在住が長期化する日系ブラジル人家庭において、健康管理は注意を要する一つの問題となっています。ブラジル人学校への就学児について言えば、日本の学校での管理システムのような基準がまったくなく、肥満…
ブラジルは世界でも有数の穀物生産国となりましたが、その契機となったのは日本からの大豆生産技術協力でした。その大豆生産を中心としたセラード開発に深く関わられた山中氏にその経緯と現状、そして今後の可能性…
2013年10月 サンパウロ人文科学研究所 1.目的 人文研の目的である「ブラジル日本移民及び日系社会研究」と、新たに「日本とブラジル交流研究」、そして「日本史研究」に従事する若手の研究員育成を目指し、そ…
カザロン・デ・シャーは、1942年、当時紅茶の産地であったモジ市コクエーラ地区にある旧製茶工場の別名です。 施工者の花岡一男氏は工場を特異なデザインに仕上げ、その美術、歴史、考古学的な価値により、19…

山本晃輔(当研究所日本特別研究員) 2013年8月3日。東京駅近郊の甲南大学ネットワークキャンパスにおいて人文研日本支部第一回研究会を開催しました。 本研究会は人文研日本支部を周知させるとともに、…
当研究所には、70年代から80年代にかけて、その当時コロニアが直面していた諸問題(文化交流・同化・日系社会・二三世問題・婦人・宗教・経済など広範に及ぶ)について、ゼミナール、座談会、インタビューの形…
拙著『半田知雄‐その生涯』で半田氏の出生地を「栃木県宇都宮市」とした件について、以下のように訂正させていただきます。 半田氏の生地については、一九六六年に刊行された『今なお旅路にあり‐ある移民の随想…

7月4日、木曜日午後7時より文協ビル9階ブラジル日本移民史料館にて当研究所研究叢書第9号『移民画家・半田知雄 その生涯』の出版記念会が開催されました。 左:田中慎二氏(著者)、右:宮尾顧問記念会には半田…

鈴木正威(サンパウロ人文科学研究所前所長) 本評伝は、その生涯を移民の風雪や哀歓に生きた画家であり文筆家でもあった半田知雄の生活叙事詩である。 筆者は生前親しく半田に私淑した画家・人文研の前理事の…
当研究所では、日本の研究者たちや当団体の活動に関心をもたれる方々との関係強化を図るために日本支部を開設いたしました。 そして、日本支部による第一回目の研究会が計画されていますので、ここにお知らせいたし…
本年度第二回『今昔物語』の開催をご案内します。 ボサノバは今や発祥であるブラジルよりも日本のほうが盛んに奏でられています。50年前にその火付け役をしたのが坂尾さんです。ショーロやサンバ、ボサノバなど、そ…
2013年度通常総会が3月28日、当研究所にて開催されました。総会の席上、2012年度事業報告および2013年度事業計画案が発表されましたので、ここでご紹介いたします。 2012年度事業報告書 1. 組織変…
日系ブラジル移民は1908年の笠戸丸以来、膨大な文学制作にかかわってきました。プロになった者はごく限られますが、愛好家のサークルが戦前からほぼ途切れることなく活動し、新聞雑誌や同人誌に投稿が続けられてい…