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柴田寛之 terça-feira, 20 de janeiro de 2015 はじめに 筆者は現在アメリカの大学院で社会学の視点から日系ブラジル人の国境を横断する繋がりの研究を行っている。本稿は、主に社会学を中心としたアメリカの移民研究の動向を背景として、ブラジルにおける日本移民および日系ブラジル人の移住過程が、近年急速に注目を集めているトランスナショナリズムという視角にとって戦略的重要性を有し…

安井大輔(京都大学大学院文学研究科)(←記事掲載時肩書き。現在のプロフィールは名前をクリック) 大学で社会学を学ぶわたしは、移民の食文化に関心を持って各地で調査を続けている。世界最大の日系コミュニティを有するブラジルでは、移民の出身地域から持ち込まれたり、入植先の文化とまじりあったりして作り上げられたさまざまな「日本食」が展開されている。全国的には寿司や刺身は有名だが、一方で地域特有のローカルフ…

鈴木正威(サンパウロ人文科学研究所) 帰らぬ人となる さて、最初の日伯新聞の記事に戻ろう。記事はさらに一年後の三三年年二月一六日のもので、ウルグアイよりサントスに着いて、レジストロで客死する岡田の消息を伝えるものである。 — 旧臘(きゅうろう—昨年の12月)ウルグワイ方面より北上して正月サントスに着いた世界徒歩旅行家岡田芳太郎氏は、一月十日徒歩ジュキア線からレヂストロ方面目指して出発したが…

鈴木正威(サンパウロ人文科学研究所) アルゼンチン ミシオネス州にて さて、話を岡田の大陸行脚に戻そう。岡田がひょっこりボルト・アレグレに姿を現わす一年前、一九三一年には隣国のアルゼンチン、ミシオネス州にやってきた記録が、アルゼンチン日本人移住史(第一巻 戦前編)にある。 これによると、1930年代初頭に岡田芳太郎なる世界徒歩旅行家がアルゼンチンをまわり、日本人の暮らしぶりを亜爾然丁(アルゼン…

鈴木正威(サンパウロ人文科学研究所) マテ茶をすする老いたる旅行家 世界徒歩旅行家—といわれても、いまではあまり聞きなれないことばだが、そのご当人がブラジルにも足を運んでいることを知ったのは、まったくひよんなことからだった。 実は鈴木悌一の評伝を書くことを思いたち、かれのポルト・アレグレ時代の青春日誌—「山庵実録」なるものを難儀して“解読”しているときである。 かれの日誌は興に任せて自在に書…

中東靖恵(岡山大学大学院准教授) 「“む『ず』かしい”じゃなくて、“む『づ』かしい”でしょう?」 1998年8月、サンパウロ市の南西、サン・ミゲール・アルカンジョ市に住む高知県出身の山本万寿子さん(当時87歳)宅を訪れた。26歳でブラジルに移住した万寿子さん。私がノートに記した「むずかしい」という字を見て、思わず発した一言だ。その日本語には高知方言の特徴がしっかりと現れる。 現代日本語の共…
エドワード・マック Edward Mack (ワシントン大学シアトル校アジア言語・文学学科教授) ブラジルにおける第二次世界大戦以前の日本語による出版物の市場を調査している。まだ研究の途上ではあるが、現在までに明らかになっているのは次の通りである。 ほとんどの移民が直面したであろう厳しい生活環境にもかかわらず、印刷の需要がすぐに生まれた。それらは、祖国の新聞であり、雑誌であり、また書籍であった。…
熊谷広子(宮城高専助手) わが家は賃貸で築40年木造平屋の一軒家である。9畳のダイニングキッチンに6畳1部屋、4畳半2部屋にトイレとお風呂と2畳の玄関がついて、玄関の前には車2台分は駐車することのできる庭がある。そこに夫婦2人で住んでいる。 去年の初夏、突然、梅干しを自分で漬けてみたいと思った。新聞をめくっていたら、瓶にはいった青梅の写真とやわらかそうにしぼんだ薄赤色の梅が竹ざるに干されている…
山本裕美子(JICA 日系社会青年ボランティア) 暑くなると、アイスコーヒーが飲みたくなる。キンキンに冷えているコーヒーに氷が涼しげに入っているものが。 でも、サンパウロであのキンキンに冷えたアイスコーヒーをお目にかかることは滅多にない。そもそもコーヒーは、小さなコップに濃いコーヒーと砂糖たっぷり入れる物だと確立されているこの国では、アイスコーヒーなんて邪道なのかもしれない。 邪道と言われよう…

田中慎二 ブラジル日本移民史料館の第3代館長・尾関興之助(1912─1994)が、コロニア文学振興に果した功績は大きく、人文研との関わりも人文研の前身である土曜会時代からのメンバーで活発な文筆活動を行っている。1950年代に土曜会で刊行していた同人雑誌『時代』を見ると、執筆者には錚々たる顔ぶれが揃っており、内容の充実さはさすがである。参考までに1953年11月に刊行された『時代』15号の目次を紹介…