Newsletter Subscribe
Enter your email address below and subscribe to our newsletter


No último dia 18 de abril, o ex-conselheiro Masatake Suzuki nos deixou para sempre. Ele tinha 88 anos de idade. Conheci o senhor Masatake Suzuki há mais de vinte anos. Naquela época, graças à gentileza dos senhores Katsunori Wakisaka e Takeo Kawai , eu havia me tornado presidente do Centro de Estudos Nipo-Brasileiros e enfrentava diversos desafios. Um deles era a dificuldade de me comunicar adequadamente com as pessoas do centro.
Leiko Matsubara Morales (Presidente) Lamentamos a perda do grande professor e historiador Shozo Motoyama. O professor presidiu por cerca de 15 anos o Jin’monken, o tradicional centro de estudos nipo-b…

No dia 21 de outubro do corrente ano (2019) faleceu o professor Koichi Mori (USP), pesquisador renomado na área de estudos da imigração japonesa no Brasil. O professor foi, também, um colaborador cons…

Neste ano, o Brasil comemora 111 anos desde a chegada dos primeiros imigrantes japoneses. Hoje em dia, é raro faltar ingredientes da culinária japonesa no país. No entanto, produtos que agora consideramos indispensáveis — como o arroz japonês, o missô e o shoyu — não existiam quando os imigrantes japoneses desembarcaram no Brasil.

Recentemente, recebemos a doação do livro comemorativo “60º Aniversário da Associação Okinawana de Vila Carrão” (ver foto). A obra, com 440 páginas repletas de conteúdo, é bastante rica e envolvente. Destaca-se especialmente a Parte II – “A História da Nossa Associação Okinawana de Vila Carrão”, que apresenta uma mesa-redonda na qual os depoimentos transmitem de forma vívida os sentimentos dos participantes, tornando a leitura cativante.

Yin Qiao (2019 researcher) Fall 2019 is a beginning with a lot of changes for me. Personally, it means the start of another academic life as a new researcher of the Center for Japanese-Brazilian Studi…

関屋弥生(当研究所客員研究員) サンパウロ人文科学研究所に2018年8月~2019年2月の期間、研究員として受け入れていただいている関屋弥生です。ブラジル日系社会で伝えられてきた芸能活動について調査を進めています。人文研にお世話になるのはこれが2回目で、前回は2017年に約3か月間、能楽の活動に焦点を当てて調査を行いました。今回は少し対象を広げ、歌舞伎や浄瑠璃などの活動についても、文献やインタビュ…

サンパウロ人文科学研究所研究員の小谷です。2018年7月1日から7日にかけて、パライバ州ジョアン・ペッソアで開催されたAssociação dos Geógrafos Brasileiros(以下AGB)の全国大会(Encontro Nacional de Geógrafos、以下ENG2018)に参加してきました。 パライバ連邦大学 AGBは1934年、大学の研究者らを中心にサンパウロで設立され…

着任のご挨拶 はじめまして。この度、新しくサンパウロ人文科学研究所でお世話になります世良杏奈(セラ・アンナ)と申します。2018年6月から研究員(若手研究者育成事業、ブラジル側)として着任致しました。少し遅くなってしまいましたが、着任のご挨拶にかえて、研究テーマと来年3月の任期終了までの抱負を簡単な自己紹介を交えながら、ご紹介させて頂ければ幸いです。 現在、米国Indiana University…
サンパウロ人文研日本支部では下記の要項で研究発表会を行います。ぜひともご参加ください。 サンパウロ人文研日本支部第1回研究生派遣事業報告会 【報告題目】編入の対抗:20世紀初頭サンパウロでのイタリア移民、日本移民の母国との繋がりの比較 【報告者】柴田寛之(2016年度派遣研究生、ニューヨーク市立大学博士課程) 【日時】2018年2月10日(土)15-17時(14時30分より受付) 【会場】甲南大学…
去る十五日(水)、当研究所の顧問脇坂勝則氏がサンパウロ市シリオ・リバネース病院にて逝去されました。94歳でした。数ヶ月前に自宅内で転倒、頭を強打し、その後入院しておられました。快方に向かいつつあったものの、院内感染により病状が悪化し、恢復が叶いませんでした。 脇坂氏は1923年3月15日、広島市で出生し、1927年さんとす丸にてブラジルへ移住。サンパウロ大学化学科を3年目で中退、のちに同大学哲学科…
柴田寛之(当研究所2016年度専任研究員) 研究員としてサンパウロ人文研に来てから早くも10ヶ月近くが過ぎました。人文研での研究もいよいよまとめに向けてラストスパートです。さてこの度は、ブラジル拓殖組合(ブラ拓)によって開発された日本人移民移住地として有名なバストスのたまご祭り(Festa do Ovo)に参加してきましたので、その見物記をレポートしたいと思います。 去る7月14日から16日まで開…

柴田寛之(当研究所2016年度専任研究員) 2016年の10月からサンパウロ人文科学研究所で研究を行なっている柴田です。この度は、去る4月28日から5月1日までペルーのリマで行われたLatin American Studies Association(通称LASA)の年次大会に参加して来ましたので、そのレポートをしたいと思います。 LASAはラテンアメリカに関する研究の国際的学術団体で、毎年北半球…

人文研元理事 田中 慎二 昨年10月30日に当研究所顧問宮尾進氏が亡くなられました。宮尾氏は5月ごろから肺がんを患っておられました。 宮尾進氏略歴:1930年、アリアンサ移住地生まれ。1953年に信州大学文理学部人文科学科哲学科を卒業後、ブラジルへ帰国。赤間学院の教員を経て1956年に農業雑誌「農業と協同」に入社。サンパウロ人文科学研究所の前身である土曜会のメンバーであり、研究所となって以来理事…
サンパウロ人文研日本支部では関西大学・長谷川先生をお招きして研究会(関西)を開催いたします。 皆様のご参加お待ちしております。 1960年代におけるウジミナスの日系社員講師 長谷川 伸 氏 日時:9月26日(土) 会場:13:30 講演:14:00-17:00場所:海外移住と文化の交流センター5階ホール 兵庫県神戸市中央区 山本通3丁目19−8 (アクセス) 講演会は無料。 研究会後懇親会(実費…
5.アジア的出稼移民“華僑” 中国からの近代移民流出数は約1000万人といわれる。このうち約500万人が中国北部から満州および蒙古へ移住し、その他の約500(または600万ともいう)が中国南部から南洋方面へ出た。本論文では、南洋へ出た特色のある“華僑”について述べることにする。 中国では清代(16)には商業活動が盛んであったが政府の抑商政策によって商人に対する税が重く、また一方、農村における家内…
2013年10月 サンパウロ人文科学研究所 1.目的 人文研の目的である「ブラジル日本移民及び日系社会研究」と、新たに「日本とブラジル交流研究」、そして「日本史研究」に従事する若手の研究員育成を目指し、その学習基盤の一助となるための奨学制度を設置する 2.人員 3名 3.資格 現在大学学部2年以上の在学生で、基本的にはポルトガル語が優先されるが、研究の分野によっては日…
日系ブラジル移民は1908年の笠戸丸以来、膨大な文学制作にかかわってきました。プロになった者はごく限られますが、愛好家のサークルが戦前からほぼ途切れることなく活動し、新聞雑誌や同人誌に投稿が続けられています。発表者である細川教授は最近、その歴史を『日系ブラジル移民文学』(みすず書房)にまとめました。この発表ではその内容を要約し、かつ当事者からの意見や体験談の披露も期待されます。 研究例会「ブラジル…
当研究所顧問の清谷益次氏(96歳)が15日逝去されました。 清谷氏は1926年、尋常小学校5年生の半ばで家族と共にブラジルへ移住され、パウリスタ新聞社や南伯農協中央会文化部などで活躍されました。 そういった経験を生かし、1986年よりサンパウロ人文科学研究所の理事そして顧問を務められ、その間、人文研のメンバーが中心になり編纂された『ブラジル日本移民八十年史』(1991)へも執筆されています。 また…