尾関 興之助Konosuke Ozeki
1912 – 1994
創立会員
コロニア文学の振興に尽力
1912年生まれ
1925年6月にしかご丸で神戸港を出港(同船者:河合武夫)。
上聖後は、小林美登利の聖州義塾寄宿舎へ入り、総領事館のオフィスボーイをしながら夜学へ通う。青年時代、バウルーの聖州新報に「紫雲」というペンネームで投稿をはじめる。
伯刺西爾時報や戦前の日伯毎日などに翻訳・評論・映画批評・ブラジル文学史と精力的に発表。翻訳には「小瀬毅」、文学史の紹介などでは「井関譲治」というペンネームを用いた。
1960年代から70年代にかけて、パウリスタ新聞社の「パウリスタ文学賞」、『農業と協同』文学賞、ブラジル日本文化協会の『コロニア文学賞』の選者をつとめるなど、コロニア文学の振興に尽した。映画に関しての造詣も深く、1970年代にはブラジル映倫の審査員に選ばれている。人文研創立会員であり、専門委員に就任し、1986年から1993年まで理事を務めた。
1994年1月27日逝去。
尾関興之助編『ブラジルの日系社会』(著者:尾関興之助・清谷益次・鈴木与蔵・若松孝司、ブラジル日本文化協会、1982年)