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本稿は、『アーカイブズ学研究』第40号(2024年6月)に掲載された論文「個人文書における概要調査の実践研究 ─サンパウロ人文科学研究所所蔵の個人文書を事例に─Practical Research on a Summary Investigation of Personal Archives: A Case Study of Personal Archives Owned by the São Paulo Institute for the Humanities」を、著者・清水邦俊氏の許諾を得て掲載しています。
また、本ページのポルトガル語版は、AI翻訳システムを利用して作成されています。
清水邦俊 Kunitoshi SHIMIZU
本稿の目的は、サンバウロ人文科学研究所が所蔵する日本人移住者や日系移民の個人文書に対して行なった概要調査の一環の整理方法、文書同士の関係性を重視したボックスリストの有効性について検証することである。具体的には、ボックスリストを作成した際の利便性、またどういったアーカイブズ資料に対して有効なのか、そして段階的整理法におけるボックスリストの位置付けを検証することである。検証の結果、ボックスリスト作成後の方針を検討する材料に活用できるということ、個人文書、公文書、企業文書等、様々なアーカイブズ資料に適用が可能であるという二点を立証した。またボックスリストは、記述の詳細さや採録数から、検索に必要な情報を備えた概要目録であるという位置付けといえる。
The purpose of this paper is to discuss the organization meethod as part of a general survey of the private archives of Japanese immigrants held by the São Paulo Institute of Hum:anities, and the effectiveness of a box list that emphasizes the relationships between archives. Specifically, we will examinee the convenience of creating a box list, the kinds of archival materials for which it is effective, and the position of a box list in the gradual organization method. As a result, we showed
that the method can be used as material for considering policieis after creating a box list, and that it can be applied to a variety of archival materials such as private archives, official archisves, and corporate archives. In addition, the box list can be considered a summary catalog that provides information neecessary for searching, based on the detailed descriptions and number of entries.
本稿は、サンパウロ人文科学研究所が所蔵する個人文書に対して行った概要調査とその成果物である概要目録の有効性について述べることを目的としている。筆者は2018年から2020年まで、JICA日系社会シニア海外協力隊の学芸員としてブラジル連邦共和国サンパウロ州サンパウロ市リベルダージ区にあるサンパウロ人文科学研究所(以下、人文研)に派遣された。そこでの活動内容は、人文研が所蔵している日本人移住者や日系人が残した個人文書の整理であった。その時行った調査方法・作成した成果物は、従来の概要調査の成果物より詳細な目録であるボックスリストと、文書群の概要を解説したガイドを作成したものである。本稿では、このボックスリストとガイド、これらの有効性や位置づけについて考察していきたい。
史料整理史を通覧していくと1984年を転換期とみることができる。それは同年に安澤秀一が海外の文書館状況を紹介した上で、アーカイブズ学の理論を述べた論文を発表したことによる1。
この論文を契機に、以後、国文学研究資料館史料館の関係者が中心となり、海外のアーカイブズ理論を基にした調査や整理方法を提示していくという潮流が起きる。これにより以前と異なる整理方法が主流となり、それが現在まで続いているという状況である。したがって1984年以前と以後の整理方法を同じ視点で論じることはできないため、本稿では便宜上、戦後から1983年までを第1期、1984年から現在までを第2期とする。
この時期における整理方法を通史的に述べた論考は、高橋実・西田かほるの論考のみである2。
本章では西田の論考を基に調査関係者・歴史研究者の著書等から補足して、この時期の整理方法と潮流を探ってみたい。
当時の議論の中心は、主題別分類の項目設定や古文書を主題別分類項目に振り分けることであり、これらは早くから議論されていた3。一方、整理方法については、近世文書を扱う講習会で教えられることはなく、近世文書論やくずし字の解読に重点が置かれるという状況であった4。
終戦後の社会的状況の激変や経済的な困窮により民間史料(古文書・近世史料等を含む)5の散逸が著しかったことから様々な調査が行われた6。代表的なものとして、1948年に学術研究会議(当時)の特別委員会として近世庶民史料調査委員会が発足し、1952年まで全国的に行われた古文書の調査が挙げられる7。この調査では「近世の庶民生活に関する史料を探索し、その所在を明らかにし、史料の目録を作製」することを目的とし、目録と史料の所在を表した調査書が作成された8。目録作成に至るまでの整理方法は、最初は形態別に、その後主題別に分類していたことが宮間純一の論考によって、その一端が明らかになっている9。そしてこの方法は以後永く古文書の整理に影響を与えることになる。
古文書等の整理方法を記述した最も古い著書として『日本歴史講座 第8巻 歴史教育篇』『郷土史辞典』10を挙げることができるが、体系的に記述したものは『近世の古文書 ─その解読と利用法─』であろう11。同書は古文書所蔵先の採訪調査から整理・保存に至るまでの流れを、執筆担当者である林英夫個人の整理方法として紹介している。また北原進は『近世農村文書の読み方・調べ方』のなかで、信州佐久郡鎰掛(かぎかけ)村の旧家の史料を事例に、古文書の見出し方から目録作成・主題別分類まで述べている12。この二著書における整理方法の共通点は、最初に竪冊・横冊・一紙文書といった形態ごとに分け、その後、年代順・主題別分類を行うという、近世庶民史料調査会が行っていた方法である。1960年代から1980年代初頭における整理方法は、同調査委員会が行ってきた方法を基に多少の作業工程の入れ替えはあっても、それが当時の主流であったことは他の著書からも明らかである13。また歴史資料保存施設の代替機関として、戦前から古文書等を郷土史料として保存してきた公共図書館も同様の整理方法を行っていた14。
しかし、このような整理方法に対して批判や論争もあった15。色川大吉は、長持ちや木箱に入っていた文書の重なり・かたまりを破壊した整理法について「総合的に見ないと史料が立ち上がってこない」とし、抜き取り調査や直ぐに形態別・主題別分類に取り掛かる整理法を批判している16。
色川の指摘は文書同士の関係性を見出し、それを踏まえて文書一点の作成背景を解明する、いわゆるコンテクストを重視した考え方である。色川の指摘があったものの、その後も形態別・主題別・年代別の整理方法で行われ、その結果、主題別分類目録・年代順目録を作成することが整理の主体となったのがこの時期である。要するにこの時期はコンテンツ(文書一点)を重視した整理方法が主流で、分類作業も含めてそれを反映した目録を作成することが特徴として挙げられる。
一方で1960年代中頃から文部省史料館(後、国文学研究資料館史料館)のメンバーを中心に、整理や分類方法等の基本的なことを再検討する研究会が発足し、整理に関する研究が始まったことも、この時期の動きとして注目すべきことであろう17。
冒頭で述べたように1984年に発表された安澤論文によって海外アーカイブズの理論が初めて紹介された。翌年には大藤修が信州松代の八田家文書の目録刊行を担当した経験を踏まえた史料整理と目録編成の理論と技法について、安藤正人が1984年8月から9月にかけて英・仏・西独・米の四か国を訪問し、それらの国々の国立・大学・州立・私立・教会・企業の文書館での整理と検索手段作成の現状を述べた著書が刊行された18。安藤論文は、今では周知のこととなっているアーカイプズ学の三つの原則(出所原則、原秩序尊重、原形保存)その他の基礎理論を詳細に紹介したものである。そして国文学研究資料館史料館のメンバーによる史料研究会の成果として刊行された『史料の整理と管理』で欧米の理論を踏まえた整理法が19、その後安藤の著書で段階的整理法が提示された20。段階的整理法とは、調査に①概要調査、②内容調査、③構造分析、④多角的利用の四段階を設け、それぞれの調査に対応した検索手段として①概要目録、②内容目録、③基本目録、④多様な検索手段を作成するというものである21。
このうち概要調査では、藍や長持ち等に保存されている状態を記録化し、簡易的な目録を作成するという現状記録法が、1990年に吉田伸之によって提唱された22。現状記録法は一文書群に時間的・人的・経済的なコストがかかることや、区有文書のように様々な人の手が入っている文書群に対しても現状記録を採る意義があるのかという点について、歴史学者や自治体史編さん関係者が疑問や成果の利用について声を上げた23。一方で概要調査段階の成果としてコンテクストを重視した目録『松江藩郡奉行所文書目録』も刊行された24。また国際的な記述の標準として1994年に国際文書館評議会(ICA)により『国際標準記録史料記述一般原則』(ISAD(G))が発表され、青山英幸や森本祥子らによって日本の古文書、公文書への適用検証も行われた25。
その後2000年代後半から2010年代まで目立った進展はなかったが、オーストラリア国立公文書館収蔵の文書に対して行われた調査の成果として、2019年に「オーストラリア国立公文書館旧蔵日系企業記録ガイド【第2版(以下、豪州企業ガイド)が日本の国立公文書館のサイトで公開された26。同ガイドは、オーストラリア国立公文書館が所蔵する太平洋戦争開戦と同時に、オーストラリア政府によって接収された日系企業十数社の在豪支店・出張所の記録、いわば企業文書に対して、資料群の概要を解説したガイドとボックスリストの両者を作成し公開したものである(詳細は後述)。豪州企業ガイドは、アーカイブズ機関が保存している文書に対して行った調査の成果物であり、これまで所蔵者宅等の現地において保存状況を記録することを目的とした、現状記録法とその成果物とは異なる目録であるということが特徴として挙げられる。
第2期の特徴は、現状記録法が提唱されたことにより、第1期のコンテンツ重視から、コンテクスト情報を重視した調査方法が加わったことといえる。その成果として刊行された目録も主題別・年代別目録からコンテクストを重視した目録へと変化してきたということである。
第1節・第2節では戦後から2019年までの整理方法の流れをみてきた。このなかで注目すべき点の一つとして、現状記録法提唱前後における概要調査方法の進展を挙げることができる。段階的整理法の第一段階である概要調査は「元の保存容器ごとに、史料の収納・配列の現状と史料群の概要を記録するものである」と定義し、その成果物である概要調査目録は「保存現状などの環境情報や小群単位の形態情報の記録化と提供」を目的とし「記録化するにはスケッチや写真を併用する」 方法で行うとしている27。
1990年代の概要調査は、現地において蔵や母家等に保存されていた状態や保存容器ごとを記録、番号を付与し、簡易的な目録を作成するという方法、すなわち現状記録調査法であった28。1990年代から2000年代における概要調査は、現状記録調査法が提唱されて間もない時期ということも相まって、現地での調査をどのように行うかという議論のもとに進展していった。その結果、概要調査・概要目録=現地で現状を記録する調査・その成果物というイメージが定着したといえる。
近年、概要調査による新たな成果物として、豪州企業ガイドが発表されたことは既に述べた。
同ガイドは、欧米の公文書館でよく見るボックスリスト形式で作成されている。ボックスリストとは、アーカイブズ機関で文書を収納している箱単位・ファイル単位で作成した概要目録、換言すれば箱・ファイル単位の集合的記述方式によって採録したものである29。例えばアメリカ国立公文書館 (National Archives and Record Administration、以下、NARA)のFinding Aid(資料目録)は「ボックス(箱)リスト」「フォルダー(簿)リスト」で公開している30。
豪州企業ガイドは、アーカイブズ機関において館の箱に保存されている状態で、箱ごとにファイル単位やかたまりごとを比較的詳細に採録していることで、利用者の検索手段として活用できるレベルのボックスリストとなっている31。同ガイドは、3364箱の資料に対して年数回行う現地調査で「基本的に現在の収納状態を変えることなく(中略)箱ごとの簡単な概要目録(いわゆるボックスリスト)の作成を実施する方針(後略)」32による調査法で作成されている。文書のまとまり・かたまりの重要性は、近年、上島有が東寺百合文書を事例に提唱している33。同ガイドはボックスリストの他、日系企業の組織歴や活動歴等のコンテクスト情報を記述したガイドも備えている。したがって豪州企業ガイドは、コンテクストを重視した形式のリストであるといえる。
このように、コンテクスト情報を記述した目録は、千葉県史の現状記録報告書や松江藩郡奉行所文書目録から、豪州企業ガイドにみるボックスリスト形式へと、概要調査の成果が多種化してきているとみることができる。
本章ではサンバウロ人文科学研究所の概要と同研究所が収集した個人資料の整理の経緯と意義について述べる。
サンパウロ人文科学研究所は1946年6月に日系社会の知識層によって設立された土曜会に始まる。同会の趣旨は「日本人の移住先国であるプラジルの社会と文化を把握し、そのなかにおける日系社会の位置を確認し、そこから新しい生活と行動の理念を築き上げよう」というもので雑誌を発行するなどの啓蒙的な活動を行っていた。その後同会の有志によって人文研の前身であるサンパウロ人文科学研究会が設立される。同研究会は「プラジル社会・歴史、および日系社会の理解」を目指し、定期的に研究集会を開く等し、その成果を叢書として刊行した。1965年3月、同研究会を発展的解消し法人として設立されたのがサンパウロ人文科学研究所である。人文研の研究目的は、①ブラジルの日本人移民史、②ブラジルの日系社会、③ブラジルと日本の交流史、④プラジルにおける日本文化の変容、⑤日本文化の研究と普及である34。
人文研では、設立当初から日本人移住者や日系人の書類や手紙、日記等の個人文書を収集してきた。
『人文研史─半世紀の歩み─』によると、1964年の人文研設立準備に向けた臨時集会では、「ブラジル社会文化研究に必要な資料の収集、「勝ち組」等終戦直後のコロニア混乱期資料の収集」が設立目的の一つであった35。翌年の設立以後、書籍の収集と並行して個人文書の受け入れも行われ、収集した文書の整理は1970年代から同研究所に所属した理事や専門委員達によって行われてきた。この時の整理方針や目録作成の有無等の詳細については不明である。その後2000年代に入って研究所としての活動が低迷し閉鎖も検討されたが、2000年代後半から再生の道を歩むこととなった。2009年から奨学生制度や外部研究者を、2016年以降は同制度による日本からの研究者も受け入れるようになり、これに伴い再び個人文書の受け入れも積極的に行うようになった。
ブラジル・日本の両国研究者が人文研に関わるようになったことから、個人文書の収載情報は日本の人類学・社会学・文学等の研究者の間で把握され始めた。しかしそれらは科学的な整理がされないまま著書等に利用されていた36。
本節では、人文研が収集してきた個人資料の整理の経緯をみていきたい。
人文研所蔵個人文書の一資料群に対して、整理後の目録を最初に公開したのは長尾直洋であろう37。長尾は2012年に寄贈された楡木久一(にれきひさいち)資料の整理を行っている。この時の整理内容の詳細は不明であるが、 このリストは、段ボール箱四つに入っている文書を「日誌」「冊子・ノート等」「手紙」「目録」「書籍」の五項目に分類し年代順に配列している。分類や年代順配列は、長尾が意図的に行ったと考えられる。このリストの記載分は楡木久一資料の全点なのか選別したものか、どの段ボール箱にどの資料が入っていたのかということは判然としない。しかし人文研所蔵の一個人文書群を目録化して公表した最初の論文である。
長尾の整理から数年後に、青木祐一による整理が行われた。青木は科学研究費助成事業で二つの資料群を研究対象とし、そのうちの一つを人文研所蔵の個人文書とした38。同科研で青木は、人文研資料の全文書群についてアーカイプズ学的手法を用いての調査を行っている。報告書によれば、2016年9月現在、 出所不明の資料群も含めて17名から寄贈され、資料はボックス収納分131箱39・段ボール箱45箱となっており、箱単位で概要目録を作成している(以下、科研目録)。科研目録は、保管場所・出所情報・箱数やその形状・資料概数等を記述しており、人文研所蔵の個人文書の全体像を明らかにした目録であるといえる。
1908年の第1回笠戸丸移民から110余年が経ち、今や日系人口は推定で約200万人になる40。
日系人のうち、日本語を読み書き話すことができる人は世代を経るごとに減少しているのがブラジル日系社会の現状である。 個人宅や地域に残されている先祖が書いた日本語の文字資料は、ポルトガル語しかできない日系人には記載内容が不明なため廃棄・消滅の一途を辿っている。その反面、ブラジル国内の入植地では、移民個人の回顧録、移住地・団体の年史や記念誌の刊行は盛んであるが、その記述根拠となる一次資料の整理や利用の体制は整っていない。一方、日系社会の学術研究は日本・ブラジル等の社会学者・文学者等によって盛んに行われているが、一次資料を用いた歴史学研究はほとんどされておらず、日本・ブラジル再国における歴史学的な位置付けがされていない状況にある。
人文研では、個人や団体からの記録資料を、開設後間もない時期から積極的に受け入れてきたことは既述した。しかし長年整理されず、一部の資料の所在を知っている研究者のみに利用され、誰もが利用できる体制に整っていない状態である。
以上の状況を鑑みると、研究者や個人の利用にも対応できるアーカイブズ学的手法によって資料を整理し平等に公開することは、日本・プラジル双方の諸研究、書籍の出版等への活用に意義あることはいうまでもない。
本章では、個人文書のコンテクスト、概要目録・ボックスリスト・ガイドの関係性を確認しておきたい。
アーカイブズ学においてコンテクストは重要な要素の一つであることはいうまでもない。本稿で扱う個人文書におけるコンテクストの定義は「組織体の設立や歴史、活動内容、保存管理状況等」を解明することである41。これらを利用者に提供することがアーキビストの大きな役割の一つである。
段階的整理を進めていくと、段階ごとにコンテクストに関する情報を得ていくことになる。それらの情報は、初期段階は現状記録で得た文書の保管場所や容器の状況、文書同士のまとまりやかたまり等の一括状況から、その後のアイテム目録作成段階では、文書の内容、あるいは文書以外の媒体・要素から得たものである。
上記で得たコンテクスト情報は、段階的であるがゆえ断片的、部分的、あるいは情報の深度が浅いこともある。それらの情報を反映する媒体は、段階に応じた目録である42。例えばアイテム目録は、文書一点の具体的な情報を反映したものであるということである。
本稿で論じる概要目録に関していえば、文書同士の関係性という情報を反映した目録である(ボックスリストは「終わりに」参照)。文書同士の関係性とは、文書のまとまりやかたまり、またはファイル内、ファイル同士の関係性のことである。一方、ガイドは文書群を構成する組織体の歴史や活動、利用者が文書群を利用する上で必要と考えられる情報を網羅的に記述したものである。これらの情報は利用者が組織体の活動内容等をより詳細に解明する基礎情報ともなり、これを基にボックスリストを閲覧することで、文書同士の関係性への理解も深まると考えられる。
したがって、コンテクスト情報を反映した媒体が目録であり、概要目録は文書同士の関係性を、ガイドは利用者が文書群を利用する上で必要なコンテクスト情報を提供するものである。コンテクスト、概要目録・ガイドにはこのような補完関係があるといえる。
第3章で言及したように、ブラジル日系社会の研究のためにも人文研所蔵の個人文書の目録を作成し公開が必要なことは明白である。ではどのような目録を作成すればいいのか。
人文研が所蔵している文書の作成・収受者は、ブラジル日系社会において、知名度の高低に関わりなく、各人の職業や活動も様々であり、さらには日本から最初の入植地で活動した人、そこから他地域へ移生して活動した人達である。そのような人達の活動は日系社会の中で全く知られていないか、知られていても一部分に過ぎない。したがって、彼らが作成・収受した文書から、活動内容の一端を解明した情報を記述した目録を作成し公開することは、利用者が文書群や文書を理解する上で重要なことである。人文研という機関で既に箱に収納されている状況を鑑みると、箱ごとに目録を作成するボックスリストが適切と考える。ポックスリストは、ファイルや複数あるファイル同士の関係性が記載されることから、ISAD(G)の階層モデルではファイルレベルに相当するといえる。またこのようなファイルレベルにおける目録に関する論考も多いとはいい難い現状にある43。
そして併せてガイドも作成することで、個人や団体の歴史や活動等の全体像を表すことが可能になる。 さらには利用者がそれを踏まえてボックスリストを検索・閲覧することで、文書の作成背景や内容により深く追ることが可能となる。
したがって、どのような目録を作成すればよいのかという課題の下、ボックスリストとガイド両者の項目や記述内容を考察し、人文研所蔵の個人文書を用いてガイド・ボックスリストを作成し、その有効を論じることが本稿の課題である。具体的には、ポックスリストを作成した際の利便性、またどういったアーカイブズ資料に対して有効なのか、そして概要調査におけるボックスリストの位置付けを検証することである。
なお、本稿は段階的整理法の実践研究として論じるものである。同整理法の成果物の一つが目録(本稿ではボックスリスト)であると筆者は考える。本稿の行論から目録を中心に論じることもあるが、それは整理の一成果として論じていること、また同整理法のコストパフォーマンスについては論じないことを予めお断りしておく。
本章では青木が作成した科研目録の課題を指摘した上で、それを踏まえて今次作成するリスト(以下、人文研リスト)の方針を論じたい。
科研目録(表1参照)は「最低限の閲覧提供に資するデータを作成すること」を目的とし、その項目は「位置・箱番号・容器形状・出所情報・資料概要・形態数量などを箱単位で記録した」ものである44。
同目録を通覧すると箱に収納している文書や一括等の表題を、資料概要欄に採録している。これによりある程度の文書検索は可能である。しかし、出所情報欄は全ての箱に記述していないこと、複数種の文書を収納している箱では、算出概数に対して採録している表題数が少ないこと、年代欄に空欄の箇所が多いことの三点が問題点として挙げられる。文書群の出所確定や年代比定は、 これは海外調査という時
間的制約から力点をおかなかったためと推測する。
表1 科研目録(部分)
| 部屋 | 位置 | 箱 番号 | 容器 形状 | 出所情報 | 資料概要 | 年代 | 形態 | 数量 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 図書室 | 棚1上 | 8 | FB | (内容メモ5有) | 万博記念基金補助金申請関係書類(1975年)/雑誌.『O Cruzeiro』(皇太子来伯記念、1967年)/アンドウゼンパチ追悼記事(1983年)/臣道連盟関係ポルトガル語記事切抜(1940~50 年代)/人文研特別講座「プラジル現代史における日本移民」関係ポルトガル語資料(1982年) | 1940 ~80 年代 | ホチキス留、クリップ留、バラ、紙ファイル、雑誌、CD、写真、封書 | 約80点 | |
| 図書室 | 棚2上 | 2 | FB | 増田恆河エメボイ実習場史資料 | 原稿下書、関係者住所録、官庁(日本)資料コビー、『同窓会誌』/①ビニール袋一括:関係者係者住所録(1948 年)、エメポイ会会報(1954年)、調査メモ、同窓会誌(1936年)、原稿下書など、②ビニール袋入:「エメボイ自習場史」贈呈先、③紙ファイル:編輯構成メモ、刊行後の反応/「農事実習場同窓会」(記録、1935年) | バラ、ビニール袋入、紙ファイル、帳面 | 3括 (約300点) | ||
| 図書室 | 棚2上 | 4 | FB | 増田恆河エメボイ実習場関連資料 | エメポイ関係新聞の切りぬき(封書):日本語・ポルトガル語(1980 年代)、メモ書、図版版下/エメボイ資料(プラファイル):新聞記事、増田秀一宛書簡、50周年記念関係(1980年代)/エメボイ史原稿(封書):総会議事録(1974年度)、手書き原稿/高拓生資料(封書):会報、会員名簿(1981年)/エメボイ研究所・一九七九年度粟苗について(封書):「一九七九年度分譲日本栗品種特徴」、エムポイ会会報第4号(1958年)、エメポイ60周年記事(1991年)/栗ぶどうと臼井さん(封書):新聞切り抜き(1970年)、研究所収支計算書、総会関係資料 | 封書、プラファイル | 6括 (約300点) |
さて、今次作業の条件を確認しておきたい。整理対象文書は、前述の通り出所不明の資料群と17名から寄贈された、アーカイブズボックス131箱・段ボール箱45箱、この他に事前調査で事務室内で発見したプラジル国内において発行され既に廃刊になった邦字新聞約500点、1970年代から2000年代における人文研の会計簿や議事録等の組織文書約2,000点、全体の概数は10,0000点である。作業期間は2年間、目録作成人員は筆者一人である45。
この条件のもとで、科研目録の三つの課題を解決し、尚且つ検索に対応できる成果物を作成することが整理作業の目的である。
そこで上記三点の問題点を踏まえて以下のような採録方針を立てた。一点目は判明した範囲内で文書同士の関係性を記述すること、二点目は文書の内容や受け入れ記録等から可能な限り文書群の出所を特定すること、三点目は文書のまとまりやファイル内の秩序を尊重して採録すること、単独文書の場合はアイテム単位で採録すること、四点目は箱内の文書の半数以上を採録すること、五点目はガイドを作成することである。
前述した採録方針を基に、ボックスリストには出所・箱番号・一括表題・年代壇・形状・損要の6つの項目欄を設けた46。このうちボックスリスト作成のポイントとなる欄は一括表題と年代幅・形状であろう。この三つの欄について詳細に述べたい。
この欄には、ファイル・一括等や単独文書のタイトル(背表紙記載表題・文書の柱書き等)を採録し、必要に応じてカッコで補題や文書同士の関係性、年代及び年代幅・封筒数・機数を記載した。
一括表題は、ファイルや紐・封筒等のまとまりごと・単独文書等、箱に入っている秩序を崩さないように採録した。表題は、文書同士の関係性があると判断した文書群は通覧した上で「~関係」等と表題を付けた。それが複数に亘るファイル等の場合は、同一の書き方にした。これによりファイル同士の関係性を表すことが可能となる。ファイル等でまとまっている文書の関係性の解明は、当該文書や他の文書の記述内容から解明する「内部的構造分析法」、当該文書群以外の文書群や既刊書籍等を含めた関連資料から解明する「外部的構造分析法」によった47。
また「~関係」等の一括表題が連続する場合、表題が類似化することによる検索の混乱を避けるために補題を記したものもある。これは、同一の活動の下で作成されたファイルが複数ある場合、同じ表題が連続すると利用者が検索しにくくなることが考えられるため、その対応策である。
具体的に、河添清資料48の箱3の目録を例に挙げて説明したい。同資料群及び資料の内容に関する詳細はここでは略記に留めるが、河添が職務において作成・収受した文書の中に、戦前の取治家で甲南学園の創設者である平生釟三郎49が、サンパウロ州レジストロ市セロッチ地区(cerrote、セロッテ・セホッチとも発音)に所有していた土地を、彼の死後に処分した際の一連の書類が多数ある。平生が同地区の土地を取得した経緯や、土地処分に関する資料が河添に伝来した詳細な経緯については不明である。
表2を見ると、平生が所有していた土地の処分に関する文書がまとまっていることがわかる。文書はファイルあるいは封筒に入れられ、それらの表書きは主に①「cerrote」、②「セロッテ耕地」、③「平生耕地会計書類」と記載されているものと、④無記載のものがある。
これらの一括表題を採録する際、この件に関係する文書は、封筒の表書きがない場合でも「平生耕地関係」とするのが適切であろう。それは、同一活動の下で作成された資料であれば同じ表題にした方が利用しやすくなること、逆に異なる表題を付せば表題が散漫になり、作成背景がわかりにくくなることを考慮したためである。その上で、補題に①から③の文言を記載した方が目録上では区別がつきやすい。したがって、①から④の一括表題は全て「平生耕地関係」と付した。補題を付す場合、③のように「会計書類」と記載がある場合はそれを、一括されている文書の内容が多岐に亘る場合は、全体の半数以上を占める文書内容を見出し、その文言を付した。全体の半数という根拠は、前述した採録方針をファイルにも適用したためである。
補題の年代幅は、一括表題を採録した文書に対して、確認できる範囲での最小年から最大年を記述した。実年代が判明する文書はそれを、おおよその年代しか判明しない場合は、可能な限り比定し10年代単位で記載した。また箱内の文書の実状を反映するようにした。例えば10冊の日記が箱内にあり、欠年等で断続している場合、最小年と最大年を年代帽として採録するのではなく、日記の年代に則して記載した(表3参照)。
封筒数とは紙の酸化具合や破損等の文書の状態を鑑みて、現状での保存が思わしくないと判断した文書は、中性紙封筒へ移し替えた。その時に一封筒に収まらず、複数の封筒に分割した場合に封筒数と一括文書の概数も記載した(表2の中段参照)。
表2 河添清資料 箱3
| 出所 | 箱番号 | 一括表題 | 年代幅 | 形状 | 概数 | 摘要 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 河添清資料 | 3 | 平生耕地関係(1954年・2点)、平生耕地関係(委任状)、平生耕地関係 (委任状・1938年・2点)、平生耕地関係(委任状・1938年・2点)、 平生耕地関係(委任状・2点・1930年)、メモ(2点・10か条書き他・ 1959年)、平生耕地関係(1930年代~1950年代・約100点・5封筒)、 平生耕地関係(弁護士への相談等・約20点)、平生耕地関係(1950年代・ 4点)、平生耕地関係(約5点・1950年代)、平生耕地関係(約20点・ 1950年代)、平生耕地関係(約30点)、平生耕地関係(1930年代~1950 年代・約50点) | 1930年代~ 1950年代 | 一紙・ホチキス留め・ファイル | 約240点 |
表3 清谷益次 箱16・17
| 出所 | 箱番号 | 一括表題 | 年代幅 | 形状 | 概数 | 摘要 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 清谷益次資料 | 16 | 日記(1975年7月~同年12月・1972年10月~1975年6月・1969年10月~1971年3月・1978年) | 1969年~ 1978年 | 日記帳 | 4冊 | |
| 清谷益次資料 | 17 | 日記(1985年1月~同年12月・1982年1月~同年12月・1950年1月~1952年1月・1999年1月~ 同年12月1988年1月~1990 年 12 月) | 1950年~ 1999年 | 日記帳 | 5冊 |
年代幅欄は、箱内の文書全体に対して実態に即した最小年と最大年を記述した。要するに、一括表題欄の補題に記載した各文書の最小年代と最大年代を記述することで、箱に入っている文書全体の年代幅を把握できるようにした。そのため箱によっては実年代と推定年代を併用したものもある。
形状欄は箱内の文書全体に対して文書の形を記載した。プラジルの用紙は日本のそれとは異なる形状や綴り方であるため、日本の文書目録の形態・形状欄で使用している用語は不適当であり、また新たな名称を設けることは困難である。そこで一紙ものであれば「一紙」、一紙が複数枚でホチキス留め等がしてあれば「一紙・ホチキス留め」、その他「ファイル」「ノート」「新聞(または新聞切抜)」「便箋」「ハガキ」「写真」等、極力簡潔でイメージしやすい文言を用いて記載した。ただし、主に一括表題に採録した文書について記載した。
以上のように項目欄及び記載内容について述べてきた。人文研リストの特徴としては、一括表題欄に文書同士の関係性を重視しコンテクストの理解に最低限必要と考えられる情報を記載したことである。これは利用者が検索する際、具体的にどのような背景で作成されたのかイメージ出来ることを狙いとしている。しかし一括表題欄に記載する情報に関しては何を記述すべきか今後検証が必要である。
前述した整理方針からガイドも作成した。ガイドとは、資料の作成集積母体である個人・団体等の系譜や略歴、数量や年代、伝来事情や文書群の構造等を記述した、利用者が文書群を理解するための情報を提供する検索手段の一つである。本稿ではこれをガイドとする50。
研究史をみると、ガイドと同義ではないが利用者へ利用案内の情報を与えることの必要性を述べた最初の著書は『史料の整理と管理』であろう51。同書は利用案内として『施設・事業にかかわる案内」「利用の方法にかかわる案内」「収蔵史料にかかわる案内」の3つを挙げている。このうち収蔵史料にかかわる案内として、北海道立文書館の「利用の手引き」や京都府立総合資料館(当時)の「京都府立総合資料館所蔵文書解題」を例に用いている。一方、欧米では1940年代から検索手段の一ツールとしてガイドは存在しており、階層に応じたガイドが作成されていた52。
その後1992年にICAが『記録史料記述に関する原則についての声明』いわゆるマドリッド原則を、1994年に『国際標準記録史料記述一般原則』いわゆるISAD(G)を発表したことにより、階層ごとの記述が標準化された。日本で階層ごとのガイドについて最初に言及したのは安藤であろう。安藤は、各層の検索手段として「所蔵史料簡略ガイド(文書群別概要)」「所蔵史料詳細ガイド(シリーズ・ガイド)」として図示している53。その実例としてISAD(G)を基にした最初の本格的なガイドとして『史料館収蔵史料総覧』54がある。また、坂口は①資料作成母体(自治体、企業、家、人物など)の系譜・略歴、②資料の年代範囲、③資料の伝来と受入れの経緯、④資料群の分類体系(編成)、⑤利用上の留意事項、⑥関連資料の記述がガイド(論文では資料解説の名称)に記載されるべき内容であると述べている55。
現在、 日本のアーカイブズ機関において、ウェブサイト上でガイドを公開している館は26館ある56。一部の館はISAD(G)に則して、またはそれを基に異なる方法で記述している。しかし他の多くの館は近世の村高や領主に関すること、歴史的事象・史料紹介的な解説等である。このことからガイドの作成は未だ日本のアーカイブズ機関において定着していないといえよう。
このような状況を踏まえて、本章の課題は、人文研リストに掲載するガイドを作成する際、アーカイブズ学理論に則った記述内容を検証し、実例を提示することである。それにはISAD(G)に則って記述することが望ましいが、サイトや紙幅の制限等がある場合、ISAD(G)から最低限必要な項目を検証し記述することになる。本章はその場合について論じていきたい。
ガイドは利用者が最初に接する文書群の紹介文である。ガイドを読んで、探している文書がありそうな文書群の目安をつけたり、あるいはガイドから特定の文書群に興味を持つ機会になる等、ガイドは利用者に基礎的な情報源を提供する場である。そしてガイドを読んで文書を検索することで、一括文書の意味合いや文書の作成背景も理解しやすくなると考えられ、文書群全体を把握する上で意義あるものといえる。その反面、文書整理者にとっては概要調査の段階で詳細な情報、例えば職務の内容等を内部的構造分析法から得ることは容易ではない。
ガイドに必要な記述は、コンテクストの観点から考えると文書を収受した家の歴史や伝来事情、歴代当主等の役職や活動内容であろう。特にポックスリストのように一括やまとまりを重視した目録には、これらの情報は利用者には有益である。しかし整理者からすれば、概要調査の段階では文書の内容分析は詳細に行えないため、役職の詳細な活動の提示は困難である。要するにボックスリストのガイドは、凝要調査過程で得た情報を基に記述するため、それ相応の記述内容になるという前提である。その後、整理を進めていきながら新たに得た情報を適宜加筆・改訂していくという方針が現実的であると考える。
人文研のガイド(表4参照)は、ISAD(G)の項目と、筆者が過去に他館で作成したガイドの記述内容、サイトの容量等を踏まえて文語調で記述することとした。具体的な記述内容は、①資料群の名称、②概数、③年代幅、④伝来事情、⑤資料作成母体の歴史・役職・活動、⑥代表的な活動に関する文書群や文書などである。
これらに加えて、 資料群の名称となっている人物の日本の出身地・日本での活動及び渡伯年を判明する範囲で記述することにした。それは、資料群の名称となっている人物と日本との関係、当人は日本人移住者か、ブラジル出身の日系人か、という人文研所蔵の個人文書の特徴を踏まえると、利用者がコンテクストや文書の内容を理解する上で必要な情報と考えたためである。ガイドに記述する情報の収集方法は、一括表題欄と同様に、可能な限り内部的構造分析方法と外部的構造分析方法によっている57。
表4 ガイド(増田秀一資料・清谷益次資料)
| 資料名 | 年代幅 | 一括表題 | 概数 |
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| 増田秀一資料 | 1930 年代~1990 年代 | 同氏が作成収受した資料群である。同氏はエメボイ農事実習場の第1期実習生であり、その後 エメボイ研究所創立に関わった。同農場実習場や同研究所に関する文書、またエメボイ実習場 史の編纂に関する文書、同氏の趣味であった俳諧に関する文書等がある。 | 約1,170点 |
| 清谷益次資料 | 1930 年代~2010年代 | 同氏が作成・収受した資料群である。1926 年に渡伯し、パウリスタ新聞社南伯農業協同組合 中央会当研究所の顧問等を務めた。また歌人作家として活動し、雑誌『椰子樹』の編さんや パウリスタ文芸賞の選考にも関わった。本文書群は同氏の書簡日記の他、短歌や俳句随筆等の 文芸関係やそれに関連する新聞切抜き、写真等がある。 | 約3,300点 |
本章では人文研リストと豪州企業ガイドの再ボックスリストを比較し相違点を述べたい。
一点目は、人文研リストは一括表題欄に文書同士の関係性を記述したことである。文書同士の意味は、ファイルー冊内に綴られている冊物・一紙物といった複数点の文書と、複数冊に亘るファイル同士の関係性の二つを意味する。複数冊に亘って関連するファイルがある場合、記述文言を統一したことにより、ファイル同士の関係性を表記・明示している。一方豪州企業ガイドは、このような関係性を表す表記はなく、凡例にもそのような記述はない58。タイトル欄には英語と日本語の二つの欄が設けられており、詳細に見ていくと仮タイトルや内容を補記する際に「~関係」という文言が使われている。この文言は文書内容を補うことを目的としているため文書同士の関係性を示すものではない。この点が人文研リストとは異なる。
二点目は箱単位表記かユニット単位表記という書式の違いである。この違いが顕著に現れる点は、見やすさと数量・概数の表記であろう。
まず豪州企業ガイドは、一ユニットごとに番号を付与し、それに一枠を設けている。ユニットとは「(前略)箱内部を原秩序を尊重しつつ必要に応じて仮まとまり(ユニット)に整理し(後略)」た目録の記述単位である59。それに対して人文研リストは箱単位で一枠を設け、まとまり単位(ユニットと同義)の表題に丸括弧で補題として内容・年代帽・概数等を採録している。同リストは、一括表題欄にまとまり単位の情報を集約しているため、採録量が多くなるとそれらが連続し煩雑感は否めない。その点、豪州企業ガイドの方が見やすい印象を与える。
一方、概数・数量の表記に関して、豪州企業ガイドはユニット単位の表記であるため、箱ごとの年代幅や数量は記述されていない。豪州企業ガイドのガイド(第2部日系企業記録のシリーズ記述)には、文書群全体の年代幅は記述しているが、数量の記述は資料総量として配架延長と箱数を記載しているのみで概数の記載はない。同ガイドの数量は「各ユニットの規模」60で、表記単位は「vol(volume、冊)、bdl (bundle、束)、file(ファイル)、item(件)、cm(厚さ)等」で表記している。それに対して人文研リストは、まとまり単位の数量の記述は補題に記載してあり、箱全体の概数も算出している。ボックスリストの段階で、概数の把握が必要かという議論もあるだろう。しかしボックスリスト作成後の方針の検討(後述詳細)という観点から、算出した方が今後の整理計画の立案に利用できるという利点がある。以上の二点が人文冊リストと豪州企業ガイドの大きな相違点である。
以下にボックスリストの有効性を論じたい。
一点目はボックスリストを作成すると、それを文書の検索手段として供することが可能になるということである。ボックスリストは、文書同士の関係性を重視したタイトル、場合によっては一点のタイトルと年代幅・概数を記述したリストである。利用者が必要としている情報は最低限満たしており、検索手段として利用は可能である。ガイドも併せて作成したことで、活動と文書同士の関係性が明確になったといえる。その反面、アイテム単位は一部で採録しているものの、全点ではないためアイテム検索には不向きである。
二点目は、閲覧制限の対象となる文書等の存在が判明した場合、次の対応を検討することが可能であるということである。ボックスリストは概要目録なので、今後の整理計画を立案する材料として使用できる。したがって、問題がなければ利用に供し、問題があれば利用に供することを見送ることができる、そういう選択が可能になるということである。実際、人文研の組織文書のボックスリストを作成したところ、1970年代から2000年代にわたる会計帳簿や諸契約に関する文書等の存在が判明した。これらの文書を利用に供するか否かについて理事と協議した結果、当面は一般の利用には供しないということになった。ボックスリストは、このような判断をする材料となり得るわけである。
三点目は、アイテムリストの作成が必要なボックスに対して個別に対応できるということであるNARAでは、利用頻度が多い資料群やボックスについては、さらに詳細なリストを作成しているものもあるという。またボックスリストの段階でユニット番号のように番号付与を行っていれば、特定のユニットに対してアイテムリストを作成することも可能である。要するにさらに詳細な整理を進めるという判断や、また概数が算出されていれば、計画を立案する上での目安にもなる。
上記三点の共通点は、ボックスリスト作成後の方針検討に活用できるということである。繰り返しになるが、 ポックスリストを検索手段として利用に供し(豪州企業ガイドが該当)、問題があればボックスリストの情報を基に次の方策を立てることができる(人文研の組織文書が該当)、特定のボックスやユニットに対して詳細なリストを作成することができる(NARAの一部の文書が該当)という対応が可能になる。すなわちボックスリストの有効性は、リストを作成することで、上記のような判断や今後の整理計画を立案することが可能になるということである。また、ボックスリストは、文書同士の関係性を重視した目録であるため、上記の事例からも個人文書・公文書・企業文書等を問わず、作成が可能であると考える。
本稿では、サンバウロ人文科学研究所が所蔵する個人文書を用いてポックスリストとガイドの作成の実践を試みた。その結果、ボックスリストの有効性として、一点目はボックスリスト作成後、今後の方針を検討する材料に活用できるということである。しかも文書群全体、またはボックスごと、場合によってはユニット単位で、次の段階の整理方針の策定が可能である。またガイドを作成したことにより、組織体の活動と文書同士の関係性の連携が図れ、それを利用者に提供することも可能になったことである。二点目はポックスリストは文書同士の関係性を記載しているため、人文研の個人文書、NARAの公文書、在豪日系会社の企業文書等、様々なアーカイプズ資料に対して適用が可能な採録方法であるということである。以上の二点がボックスリストの有効性といえる。
最後に段階的整理法におけるボックスリストの位置付けを述べたい。
青木が作成した科研目録や人文研リストは概要目録に相当する。 一括表題にみる文書内容に関する記述の詳細さ・採録数の多さである。すなわち詳細さ・採録数の差から、転要目録の中にも段階があり、ボックスリストはその一段階、換言すれば詳細な概要目録という位置付けになる。第4章で述べたコンテクストと目録の関係性でいえば、ボックスリストはコンテクスト情報を反映した、詳細な概要目録の一つといえる。
多くのアーキビストは、 概要調査というと文書群全体あるいは箱単位の大まかな文書の把握とそれに則した成果物の作成を行い、次にアイテムリスト作成に取り掛かろうとするに違いない。日本のアーカイプズ機関、自治体史編さん事業等は、調査段階として「文書群全体・箱単位を把握する段階」から「アイテム単位を把握する段階」という工程をとっているのが現状である。しかし人文研リストは、アイテムリスト作成に取り掛かる前段階という位置付けである。本稿で用いた目録を例に概要調査の段階を説明すると「文書群全体を把握する段階(科研目録)」「箱単位で把握する段階(科研目録・人文研リスト)」「箱内のファイル・まとまり単位で把握する段階(人文研リスト)」ということになる。そしてさらに一つ進めた段階が「アイテム単位で把握する段階(アイテムリスト)」ということになる。したがって、ボックスリストは概要調査の一段階の成果物であり、検索に必要な情報を有した成果物であるといえる。
清水 邦俊 元JICA 日系社会シニア海外協力隊 (学芸員)
Kunitoshi SHIMIZU Former JICA Senior Volunteers for Nikkei(Curator)
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