人文研の奥にある書棚の扉を開けた直後、害虫駆除専門会社の社長、青木明善さん(74、2世)の表情が険しくなった。シロアリの被害が、確認されたからだ。「これはまずいですよ」。シロアリやシミに食い荒らされた棚が、無残な姿をさらしていた。
サンパウロでは近年、シロアリ被害が拡大との報道もあり、約3千冊の蔵書をもつ人文研としても、放っておけない問題だ。
昨年の暮れのことだった。南半球にあるサンパウロは夏にあたる。風通しがよいとはいえない所内で、不快指数が上がった。紙類に囲まれた環境でもある。
「ゴキブリの巣窟かも?」。文書や書籍が無造作に詰み込まれた段ボールに、当所関係者が殺虫スプレーをかけたところ、案の定、ゴキブリが出てきた。
害虫駆除のために、“出動”してもらったのが青木さんだ。農業技士。長年農薬会社で、殺虫剤関連の仕事に携わった。定年後に今の会社を開け、7年になる。その道のプロが、目を丸くした。事態は深刻だとみたのだろう。
いったいどれくらい、本棚を締め切っていたのか……。
シロアリの穴に殺虫剤を注入していくことになるわけだ。「本棚の書籍をすべて取り出さなければならないと、3日はかかる」と青木さん。この日はゴキブリ対策がメインだったこともあり、シロアリ退治は年を越すことになった。
仕事初めから数日後。シロアリ退治を切り出したのは脇坂勝則顧問だった。「土曜会」時代から、人文研を見守り続けてきた人だけに愛着も大きいのだろう。
いつだったか、「すぐに返却しますから」といって、日系人女性が陳列ケースから本を持ち出した。が、1週間経っても戻ってこなかった。これに気付くなり、いつもは寡黙な“長老”が目の色を変え、怒りで肩を震わせた。「ケースに鍵をかけなければならない」。
調査・研究の成果である紀要や刊行書こそ、人文研の財産なのだ。
害虫駆除の第2ラウンド。“患部”は既に分かっていたこともあり、作業は手際よく進んだ。ただ、「資料・文献を痛めないように、注意を払わなければならないのが大変ですねぇ」(青木さん)。
幸い、シロアリの被害は木材の部分で留まり、紙に広がっていなかった。作業も2時間で完了。本をすべて取り出すといった大掛かりな仕事もなく、愁眉を開いた。それでも、事務所に入って右側の棚の1番下が、崩れかけていたという。
「シロアリが入ってからだと遅い。資料館や図書館のような場所は、1年に1回は予防してください」。青木さんの言葉が、重く響いた。
長い年月、亜熱帯の気候にさらされたためか、書籍類の汚損がひどい。(つづく、己)