横尾悦子のツアー体験記(2) イグアッペの街並
terça-feira, 27 de maio de 2008

4月20日(日)のレジストロは小雨が降り、肌寒い感じがしました。サンパウロより南に位置しているので、気温が下回っていたのかもしれません。

私が参加したツアーは寝台バス3台、1号車から3号車までが連なって5泊6日で約2300 キロの道のりを移動しました。期間も距離も大変長いツアーでした。そのため、宿泊したホテルで全員が食事をするのはとても困難なので、1号車は午前6時半、2、3号車は午前7時、と時間帯を別にして朝食を取る事になり、私は1号車だったのでかなり早目の朝食を食べました。

朝食を終え、7時半ぐらいに参加者の人たちとホテルの周辺を散歩しました。参加者の方のご家族の話やブラジルの歴史などいろいろと話しながら歩いていると、コチア産業組合が昔、使っていたという建物に出くわしました。ところどころ、文字が消えていて、分かりづらかったけど、確かに“COTIA”と書かれているのを確認できました。コチア産業組合について詳しく知らないけれど、聞いたことはあり、こんな所にあるとは思いもよらず、びっくりしました。

8時頃、部屋に戻り、10時にホテルのロビーに集合、10時半にイグアッペへ向け出発しました。

11時40分、イグアッペに到着し、イグアッペの街のガイドさんがイグアッペの街を案内してくれました。

ガイドさんの話では、イグアッペ市内は自然保護地区でごみ袋が政府より配布され、ペットボトルがリサイクルされているそうです。街はごみが落ちてなくて、とても綺麗でした。

13時、イグアッペ日本人会館に到着し、ブラジル日本都道府県人会連合会の副会長がご挨拶され、イグアッペの方々の手料理を美味しくいただきました。

そして、イグアッペのコロニアル建築の街並、教会を見に行きました。イグアッペの街の鮮やかな色合いの壁はくじらの油をつなぎに使い、その中に貝が含まれているそうです。それは海や川に近い事を意味していて、サンパウロなどの壁には草やわらなどが含まれていることが多い、とガイドさんが教えてくれました。各地の身近にあるものを材料に使っていたということのようです。なぜ、くじらの油を使うかというと、くじらの油は水をはじき、よく固まるのでつなぎに使うのは良いということでした。

教会へ向かう途中、屋根が2段や3段になっているお店を見かけました。昔、この段によって税金を払っていたといいます。段が多いほど、税金を多く払わなければならないのだけど、多く払っているように見栄を張って段を多くしたようです。屋根が何段あるか数えながら、街を歩き、教会に着きました。

昔、教会の中にはお墓が設置されていたが、その後、教会の周辺にお墓を作るようになったそうです。そして、教会の中には6~7mの大きなキリスト像があり、このキリスト像はこれから訪問するオーストリア移民の町、トレーゼ・チーリャスの彫刻家が作られたと説明されました。

16時、アンスリウムの花園を見に行きました。カラーみたいな花で、切っても水につけておけば一ヶ月はもつそうです。赤や白、ピンク色の花々を見て大変、心が穏やかになりました。

17時10分、ドイツ移民の町、フライブルゴへ向け出発しました。700kmの距離を10時間かけて進むので、車中泊でした。

21 時、ツアー一行108人が一同に会食できるレストランとして、クリチーバの3500人も入るという大きなイタリア料理屋『ヴェネザ』で遅い夕食を取りました。赤ワイン、白ワイン、ブドウジュースを飲み、サラダ、ラザーニャ、フェットチーネにトマトのモーリョをかけて食べ、どれも本場のイタリア料理の味で満足しました。

23時に出発し、2時ごろ休憩を取り、参加者の方々はご高齢にも関わらずお元気だな~と思いながら、バスに揺られ、疲れた体を休め、眠りました。

(よこお・えつこ JICA 日系社会ボランティア)


サンパウロ人文科学研究所 Centro de Estudos Nipo-Brasileiros