新刊予告『鈴木悌一 -ブラジル日系社会に生きた鬼才の生涯-』 人文研研究叢書第6号
田中慎二(サンパウロ人文科学研究所)
terça-feira, 15 de janeiro de 2008

 本書は当研究叢書はじめての書き下ろし作品である。

 当研究所の鈴木正威理事が執筆、6年にわたって丹念に関係者から取材を重ね、資料を詳細に調査、ブラジル日本移民史上数々の業績を遺した鈴木悌一の姿を浮き彫りにした労作で、近くブラジル日本移民100周年記念『人文研研究叢書』第6号として刊行される。

 鈴木には“ 悌さん”と親しみをこめて呼ばれた温かい人柄と、痛烈な諧謔と皮肉で相手を翻弄するという相反する二面性があった。6年の歳月を費やして完成させた『実態調査』は、日本移民史上空前絶後の大調査で、世界における移民研究、調査にも類をみないものである。しかし、そのため資金繰りに奔走し、完成の目処もつかなかった一時期、かなりの批判が出るなかで邦字新聞がその意義を認めて協力的な記事を書いたのも、若い記者たちを「後日成功の暁は、酒池肉林といきましょう」とお得意の口調で煙に巻き、相手に「俺を信頼してくれる」と思い込ませる人間的な魅力があったことも大きな力となっている。

 評伝では、著者の冷徹な目で鈴木の内面に光をあて、その生い立ちからブラジルへの渡航にいたる足跡をたどり、ポルト・アレグレの神学校時代に記した唯一の青春の記録『山庵実録』を克明に解説、激動する時代の流れの中で、戦後日系社会のリーダーとして勝ち・負け抗争という未曾有の混乱を終息させた山本喜譽司のもとで、資産凍結令解除に敏腕を振るい、ブラジル日系社会の中心機関としてのサンパウロ日本文化協会や日伯文化普及会の設立に尽力し、また、土曜会(当研究所の前身)の仲間とともに、高揚感に満ちた時代を過ごした鈴木の姿が活写されている。

 さらに、鈴木は『コロニア文学』『聖美会』の会長を歴任して日系社会の文学・美術の振興に尽した。しかし山本の死後、次第に日系社会から距離をおくようになり、やがてサンパウロ大学構内に日本文化研究所を設立すべく奔走して実現させる。実態調査にしろ日本文化研究所の建設にしろ、鈴木の存在なくしては考えられず、百年の日本移民史のなかで、その学識と実行力において、まさに“鬼才”とよぶにふさわしい存在であった。

 晩年は画道に専念、日曜画家から脱皮して己の芸術にまで高めた。間部学は彼の作品を評して「執拗なタッチで画面を追及する作品には、よく彼の人生観と根性がうかがえる」と述べているが、けだし適評であろう。こうした文化と学術の両分野で大きな業績を残した鈴木の激しく深い生き様が、生前親交のあった著者の誠実な筆致から伝わってくる。諸賢の一読を薦めたい。(田中慎二)

著者:鈴木 正威
出版:サンパウロ人文科学研究所           
発行:2007年7月
体裁:A5版・530ページ
価格:50レアル


サンパウロ人文科学研究所 Centro de Estudos Nipo-Brasileiros