「知性人としての教養と讀書」 (1947)【3】
quarta-feira, 13 de fevereiro de 2008

  1947年1月に発刊された「土曜会」の同人誌「時代」第一号から、アンドウゼンパチの「知性人としての教養と讀書」をそのまま転載する。手書き・謄写版印刷の第一号は80部ほど配布されたとのことだが、現在では非常に希少な資料となっている。その後の日系社会に少なからぬ影響を与えることになる「土曜会」のメンバーが、太平洋戦争終結直後の混乱の中で、いかなる運動を指向していたのか。その思索の一端を理解する手がかりとなろう。本サイトでは4回に分けて掲載している。今回はその第3回。

「知性人としての教養と讀書」 アンドウ ゼンパチ

(三)

 近代文明においては、影うすきものとなりつつ[つは略号]ある直感性を、ただ[だは略号]観念的にのみ尊重して、学問・讀書に怠惰であるものは知性人たり得ない。しかし、知識の吸収は、前にも述べたように、観念的・抽象的にでなく、厂史的に、流動的に、したがって時代的になさねればならぬ。だから、教養の書として重要視される古典の勉強にしても、古典の中から、現代文化の創造的精神を捉えることができなかったら、それは、ただ[だは略号]過去を美しく想像して、その幻想の中を逍遙する低徊趣味となろう。かくして、得られた古典の知識があたらしい文化価値を増すものとならないことは當然である。

 資本主義の行きづまりを、おぼろげに承認していながら、なお、ブルジョアイデオロギイを以て読書するといふことでは、せっかく獲得した知識が、新文化創造の推進力とならず、かえって、これを妨げる反動的なものとなるばかりではないか。それに、知性的指導理念のないものは懐疑に陥り、それから抜けでることができない。もちろん、批判の前提として、まづ、懐疑的であらねばならぬが、いつもまでも懐疑の中に止まって、批判能力を失ってしまったものの知識は、藏の中に納められた骨董品である。日本のいわゆるリベラリストなるものは、資本主義に對して懐疑的でありながら、ブルジョア・デモクラシイを指導理念として固執してゐる矛盾を犯してゐるのである。

 在伯同胞社会にも知識人といえるものは可成あろう。けれども、彼らの知識も不断の読書(雑読を意味せず、前に学問・読書とかいたのは、雑読と区別する意図からであった。)を怠っていたり、うすらいでいる直感性に頼って読書を軽視しているために、量的に貧弱であり、とうてい、知性人としての教養となりうるものではない。日本でも、戦前、知性の貧困が問題となったことがあるが、ここ[こは略号]邦人社會においては、知性的教養などは枯渇してしまっている。殊に、この警告は青年層にある知識人といわれるべきものの[のは略号]方に甚しい。

 日本は将来、文化国家として立ち上がるとゆう。もちろん、世界的水準における文化−(文化は教養の相言葉であり、形と影のごとき関係にある)−の興隆を目ざしているのでなければならぬ。それがためには、国民の一人々々の教養が、とりわけ、いわゆる知識階級にあるものの知性が、世界的文化水準に達しなければならない。そのためには、まづ、科学的な読書法によって、今までの余りに貧弱であった知識を豊富にすることがなされねばならぬ。

(時代 1: p.25-27, 1947)

つづく


サンパウロ人文科学研究所 Centro de Estudos Nipo-Brasileiros